第123話 父親の説得
シュウは慌てて仕事を切り上げて帰宅した。
両親の寝室に飛び込む。
「親父っ!!」
部屋の中には、家族とカレンの他に、リンクとレオン。
ベッドに寝かされているリュウを囲んでいた。
「おい、親父っ!!」
と、シュウは蒼白してベッドに駆け寄る。
レオンが言う。
「大丈夫だよ、シュウ。階段から転げ落ちたんだけど、バケモノだから無傷だし」
「で、でも気を失ったって…!」
「どうやら」と、リュウを見て苦笑するレオン。「精神的ダメージが大きかったらしくてね」
「あのな、シュウ。おれもリュウが倒れたって聞いて大慌てでやって来たんやけど…」と、リンクも苦笑しながら続いた。「リュウの奴、どうやらリン・ランのファザコン化計画が失敗に終わった挙句、サラの婚約発表聞かされたみたいなんや」
「そ、そうか、それで…! ――って、それだけかよ!?」
「と、思うかもしれないが」
と続いたのは、リュウに膝枕をしてやっているキラだ。
リュウの頭を撫でている。
「リュウにとっては、それはもう大衝撃なのだぞ」
そんなことはシュウも分かった。
気を失っているリュウを見れば。
(でもちょっといくらなんでも大袈裟だろ親父……)
と、レオンやリンクに続いて苦笑せずにはいられないシュウ。
ベッドの脇にはサラが腰掛けて、リュウの手を握りながら溜め息を吐いている。
「ああ…。アタシとレオ兄の結婚許してもらえるかもと期待して帰ってきたのに、倒れちゃったよ親父……」
と、もう一度溜め息を吐いたサラだったが、ふと思う。
(でもま、ここまで弱っちゃったら逆に結婚のこと説得できそうかな)
それから3時間経っても目を覚まさないリュウ。
しばらく黙っていたサラが口を開いた。
「みんな、もう自分の好きなことしてなよ。親父はアタシが見てるからさ。それで起きたらアタシが説得する、結婚のこと。ああー、ママは本当出てこなくていいからね? 親父と絶対(屋敷破壊するような)喧嘩になるからさ」
「うむ、分かったぞ。母上はおとなしく引っ込んでるぞ」
「僕も一緒にいるよ、サラ」
と、レオン。
サラが首を横に振った。
「親父とママの喧嘩ほど大変なことにはならないかもしれないけどさ、レオ兄は…。でも親父が目を覚ましてレオ兄の顔見たら、怒ることには違いないから。レオ兄も部屋の外で待ってて」
「…分かった」
と承諾したレオン。
皆と一緒に部屋から出て行った。
サラを気にした様子のレオンの顔を見ながら、シュウが言った。
「や、やっぱ心配だよな、レオ兄っ…。オレも心配だよ……、サラ1匹で親父を説得できるかどうか」
「は?」
と、きょとんとして振り返ったのはカレンである。
シュウとレオンを交互に見て言った。
「サラが今のリュウさまを説得するのなんて、ちょろいのですわ。まあ、1年前のサラとリュウさまなら喧嘩して終わったでしょうけど」
「えー?」とシュウが眉を寄せる。「オレ、説得できないに100万ゴールド賭けてもいいぜ?」
「って、また賭けるんだ。じゃあ、僕は3時間以内に説得できないに100万ゴールド」
と、レオン。
続いてカレン。
余裕の笑みで言い放った。
「30分以内に説得できるに500万ゴールドですわ♪」
リュウが目を覚ましたのは、一同が部屋から出て行って数分後のことだった。
「あっ、親父っ…」
とリュウの顔を覗き込むサラ。
ゆっくりと瞼を開けたリュウが、ゆっくりと瞳を動かしてサラを見つめた。
「…サラ……」
「大丈夫?」
「…おまえのトドメの右ストレートは利いた…」
「は?」
「俺の娘はハードパンチャーだぜ…」
「そ、そう(変なとこ打ったんじゃないの、親父…)」
「空耳か夢か幻か…」
リュウは自分の手を握っている、サラの手に目を向けた。
やっぱり空耳でも夢でも幻でもなかった。
サラの左手の薬指に、レオンからのものだろうエンゲージリングが輝いている。
歪んだリュウの顔を見ながら、サラは開始する。
説得を。
「ねえ…、親父?(と優しい声で語りかけるアタシ)」
ギクっとしたリュウ。
「な、何だ、サラ(来たな、第2ラウンド…!)」
説得されまいと、身構える。
頭の中、リングに立ってガードを固める。
「この間も言ったけどさ。何があってもアタシは親父の娘には変わりなくて、アタシはちゃーんと親父のこと好きだからね?(と、まずはこのことをアピールしつつ、踏ん張ってる親父の心を揺らしてっと)」
「ふ…、ふーん(な、何ていうフックだサラ…! 第1ラウンドの傷が回復してねえのに、この強打はキツイ……!)」
「いつどこにいたって、親父のこと想ってるよ(と、親父の傷付いたハートに染み渡るホットな台詞を吐いてみる)」
「そ…、そうか(踏ん張れ俺、ガードを固めろ俺…!)」
「本当、アタシは親父が好きだよ(ほーれほれほれ、可愛い娘の甘い言葉を食らえー♪)」
「お…、おう(こ、こら止めろサラ…!)」
「大好き(そーれもう一発ーっ♪)」
「お、お、おう(ちょ、サラ、おま……!)」
堪えきれず、顔がにやけまくってしまったリュウ。
心の中でにやっと笑ったサラが続ける。
「親父はアタシのこと好き?(に、決まってるけどさ)」
「も、もちろんだぜ(可愛くねえ娘なんていねえ)」
「じゃあさ、親父?」
再びギクっとしたリュウ。
「な、何だサラ(まだフックすんの…!?)」
「アタシのために、アタシの結婚許してくれるよね? このままじゃ可哀相じゃん? アタシが(と言ったところで、親父が許してくれないのは分かってる)」
「ふ、ふん…(同情作戦に来たか、サラ)。レオンごときと一緒になって幸せになれるわけがねえ(フックにはジャブで応戦しろ俺!)」
「レオ兄ごときって、どうしてそういうこと言うのさ!(と、ワザと怒ったフリをして怒鳴るアタシ)」
「レオンなんぞ、ごときで充分だ!(ジャブ、ジャブ、ジャブ!)」
「なんっなのソレ!(そして予定通り怒鳴り返した親父は、その勢いに乗ってバレないようさりげなーくアタシの同情を誘う作戦に持っていく)」
「ごときはごときだ!(ジャブ、ジャブ、ジャブ!) いいか、サラ!」と、リュウがサラの腕を掴んだ。「俺は絶対におまえたち娘を嫁にやらねえ!(ジャブ、ジャブ、ジャブ!) 増してや…」
リュウの手に力が入る。
「娘の中で一番一緒に過ごした時間が短いおまえを嫁にやるなんて、以っての他だ!(ジャブ、ジャブ、ジャブ!) んな寂しいこと、絶対に嫌だ!(と、勢いに乗ってさりげなーく同情作戦を返している俺ってさすが)」
「お…親父……(と同情したような顔をしてっと)」
「おまえが嫁に行っちまったら寂しいじゃねーか……(よし、たまらずサラのフックが止まった! ふっふっふっ、おまえの大好きなお父上様のジャブは強烈だろう!)」
「…う…うん、ごめん……(ああ、心の中でにやけてる親父がいる)」
「だから行くな、嫁なんか……!(ジャブ、ジャブ、ジャブ! ああ…にやけて隙を見せるな俺)」
「……(ここであっさり承諾しちゃ怪しまれるからね、無言で困惑顔っと)」
「頼む、サラ……!(よし、トドメだ!)」
「……(さらに困惑顔っと)」
「おまえの好きな…、そう、超マジすーげー大好きなお父上様のために!!(うらあぁぁぁああぁぁぁあ! 渾身の右ストレーーーート!!)」
「ねえ、親父……?(超マジすーげー大好きって、最初のアピールですっかりその気になってら。さすが親父、ありがたい)」
「何だ、サラ!?(K.Oだろ!?)」
「アタシ…、やっぱりレオ兄との結婚考え直してみるね(親父、心の中で爆笑してるんだろうな、すっかり勝ち誇った気分で。これから逆に同情させられるとは知らず)」
「おお、そうか! そうかサラ!(カンカンカンカン! 試合終了! 俺の勝利! ざまーみろレオン! ぶあーーーっはっはっはっはっは!!)」
と、サラを抱き締めるリュウ。
サラがリュウの胸に抱きつきながら言う。
「だから元気だしてよね、親父(あー、はしゃいでるはしゃいでる。どんだけ作戦通りな展開)」
「ああ、もう元気だぜ父上は! ――って、どこへ行く!?」
と、腕の中から離れていったサラに手を伸ばすリュウ。
サラが背を向けたまま言う。
「大丈夫、シャワー浴びてくるだけだよ(さぁーて、説得完了まであと10分程度かな)」
「お、おう、そうか(俺の渾身の右ストレートから立ち上がったのかと思ったじゃねーか…)」
サラがリュウとキラの部屋のバスルームへと入っていく。
一方のリュウはにやける。
(俺似とはいえ、まだまだだなサラ。ま、当然か。俺のことが好きで好きで大好きなんだもんな、つい俺に同情しちまうよな)
にやにやにやにやとして顔が締まらないリュウ。
サラがバスルームに入って5分経った頃、異変を感じて眉を寄せた。
まだシャワーの音が聞こえてこないのだ。
(…し…しまった!)
嫌な予感を感じ、ベッドから飛び出たリュウ。
慌ててバスルームの前へと駆けて行く。
(バスルームの窓から逃げて、今のうちにレオンとカケオチか!?)
とリュウがバスルームのドアノブを握ったとき、中からサラの声が聞こえてきた。
「えーん、レオ兄ぃぃ」
リュウ、ぎょっとする。
(な、泣いてんのかサラ…!?)
リュウはまだ気付いていなかった。
試合は続行されていることに。
サラの声が続く。
「ひくっ…親父が結婚許してくれないようぅ…!」
ノーガードのところにサラのボディ打ちが始まる。
リュウ、狼狽。
(ま、待て、俺が泣かしたのか…!?)
「親父はアタシの幸せを願って、レオ兄との結婚を絶対許してくれるって信じてたのにっ…!」
(って、サラおまえそんなにレオンが好きなのか…!?)
「親父、本当はアタシのこと愛してなんかないのかもっ…!」
(そ、そんなわけ――)
「だって、アタシのことを本当に愛してたら、この結婚許してくれたはずだもん…!」
(ち、違うんだ、サラ。おまえの結婚を許さないのはおまえが可愛くて可愛くて大切だからで…!)
「でもっ…でも、いいんだ…。さんざん親不孝してきたアタシをここまで育ててくれた親父に、恩返ししなきゃだもん……!」
(…サ…サラ……)
「アタシは、大好きなレオ兄と生涯結婚できないかもしれないけど…! それでもアタシは超マジすーげー大好きな親父のためにっ……! そう」と、声を大きくしてもう一度繰り返すサラ。「超マジすーげー大好きな親父のためにっ!!」
リュウの耳に聞こえてくるサラのすすり泣きの声。
ずきずきと痛むリュウの胸。
ボディ連打で折れ曲がった身体。
(…そ…そうか。いつだったかキラも言っていたが…、俺のしてることはサラを不幸にしているのか……)
拳を握り締め、覚悟を決めるリュウ。
(分かった…分かった、サラ。おまえの超マジすーげー大好きなお父上様は、おまえのために……!)
バスルームのドアをノックした。
「泣くな、サラ」
「親父っ…?」
「…ゆ……るすから」
「えっ?」
「…け、結婚、許すから」
「ほ、本当っ?」
と、高くなったサラの声。
「ああ…。本当はすげー嫁になんかやりたくねえが、おまえが幸せならそれでいい。本当はレオンが信頼のある奴だってことも分かってる」
「親父っ…!」
「そ…その代わり、しょっちゅう顔見せろよ。さっきも言ったが……、おまえと過ごした時間は短いんだ」
「うんっ…!」
とサラの嬉しそうな声が聞こえたあと、ドアノブが捻られた。
ドアを開け、
「親父、ありがとうっ…! 大好きっ……! 本当にもう」と顔を見せたサラ。「ちょろくって」
不敵な笑みで、トドメのアッパァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!
「――!!?」
驚愕したリュウ。
(試合は終わっていなかった…だと!?)
本日2度目のK.O。
試合終了のゴングの音と共に、マットに沈む己が脳裏に浮ぶ。
(なっ…なんて強さ…だ……!!)
リュウががくんと床に膝をついた瞬間、屋敷中にサラの笑い声が響き渡って行った。
サラがリュウの説得を開始してから、約20分のことだった。
キッチンの中。
ただいま晩御飯中の、リュウとサラを除く一同。
サラの勝ち誇ったかのような笑い声を聞きながら、カレンが言う。
「ほらね、だから言ったでしょう、シュウ? それからレオンさん? リュウさまとサラは似ているけれど、リュウさまは娘に弱い分、サラの方が一枚上手ですもの」
シュウとレオンが顔を見合わせる。
「え、ええっ!? うっそマジで親父説得したのサラの奴…!? な、なあレオ兄!?」
「…ぽ、ぽいね。お手柄だなあ、サラ」
驚愕しているシュウとレオンの傍ら、カレンが携帯電話を取り出した。
電話をかけた相手は、
「もしもしミヅキくん?」
シュウとレオンがカレンに顔を向けた。
カレンがうきうきとした様子で会話を続ける。
「無事サラの結婚にも許可が降りたから、先日相談した通りあたくしたちのウェディングドレスのデザインお願いね♪ …え? そんなミヅキくんだって暇じゃないのだから、無料でなんて気が引けるのですわ。デザイン料に、200万ゴールド払うわ。一生で一度しか着ることのないかもしれないウェディングドレスよ? それくらい出すのですわ。…え? ついこの間まで弟子ハンターだったのにそんな大金大丈夫かって? ええ、大丈夫ですのよ♪」
と、うふふ、と笑ったカレン。
シュウとレオンの顔を見ながら続けた。
「シュウとレオンさんが、100万ゴールドずつ出してくれるのですもの♪」
「――!?」
シュウとレオン、愕然。
カレンは決して賭けのことを忘れてはいなかった。
(じょ、冗談で賭けてたのに……)
その晩。
リュウとキラの寝室にて。
「何だか今日一日でずいぶんとやつれたのではないか、リュウ?」
「なあ、キラ…」
「どうした、相談事か?」
「サラが俺のことを大好きだと言ったのは、最後に俺の同情を誘って結婚の説得に持っていくための作戦の1つだったのだろうか…」
「リュウのことが大好きだというのに偽りはないと思うが、作戦ではあろうな」
「だから最初にあんなにアピールしてたのか…。そして説得させられまいと身構えていたにも関わらず、『大好き』だなんて言葉でまんまとサラに有頂天にさせられた俺は…………」
「やられたな。見事だぞ、サラ」
「……。俺の娘…」
「うむ?」
「ひでぇ……」
「あはは、おまえ似なだけではないか♪」
「……。…だな」
シュウとカレン、サラとレオンの結婚式は、約一ヵ月後だ。
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