第122話 『父上大好きっ♪』と言ってくれ
シュウとカレンが婚約発表をしたのは昨日のこと。
山の中、レオンの助手ハンターとして働いているサラ。
凶悪モンスター退治をするレオンの傍らで、
「ヘイヘイヘイヘーーーイ♪」
MP3プレーヤーで音楽を聴きながら、槍を持って戦って――いや、舞っていた。
「こら、サラ…」
「ヘイヘイヘイヘーーーイ♪」
「踊ってないで…」
「ヘイヘイヘイヘーーーイ♪」
「真面目に戦か――」
「ヘイヘイヘイヘーーーイ♪ いよっ! サラちゃん槍舞小町ぃぃぃぃぃぃっ♪」
「ああもうっ!!」
ピシっ!
と、レオンのデコピンを食らい、サラが額を擦る。
「あイタ」
サラの耳からイヤホンを抜き、レオンが続ける。
「僕はそんな戦い方教えた覚えはない! 槍舞じゃなくて槍術で戦いなさい!」
「はぁい」
と手をあげたサラ。
レオンにやられて瀕死になっている凶悪モンスターにトドメを刺す。
「とりゃあぁぁああぁぁっ! いよっ、サラちゃん槍術小町ぃぃぃぃぃぃぃぃっ♪」
モンスターの息の根が止まったあと、レオンが溜め息を吐いた。
「まったくもう、戦闘中に気を抜くんじゃないよ。危な――」
「ねね、レオ兄ーっ! アタシ、モンスター倒したぁーっ! ほーめーてー♪」
「ハイハイ、えらいえらい…」
とサラの頭を撫でるレオン。
苦笑した。
「サラ、そんなに浮かれて戦ってたら怪我するでしょう?」
「浮かれるなって言われたって、浮かれちゃうよ。だってさ、レオ兄? お昼に一度家に帰ったときの親父の様子見た?」
「見た。リン・ランの部屋から出て来たと思ったら、にやにやにやにやとして顔に締まりがなかったね。まったく、仕事までサボって……」
「きっともうちょっとでリン・ランのファザコン化計画が成功しそうなんだよ! アタシが家に帰る頃にはリン・ランは親父の計画通りファザコンに! そして親父のゴキゲンは最高潮っ! アタシとレオ兄の結婚もすんなりオッケェェェェェェェェェェェェェェェっ!!」
とぴょんぴょんと跳ねるサラ。
次の凶悪モンスターのところへと向かっていく。
「こら、待ちなさいサラ。僕より先に行くんじゃないよ、危ないな」
「はぁーい♪」
とぴょんぴょんと跳ねながら戻ってきて、レオンの背に飛びついたサラ。
両腕でレオンの首にしがみ付き、両足をレオンの胴体に巻きつける。
レオンの青い髪に鼻を寄せると、同じシャンプーの香りがした。
それが少し嬉しい。
「レオ兄、アタシと同じ髪の匂いー」
「ん? ああ、昨日泊まって行ったからね」
「もうすぐ、毎日同じ匂いまき散らすんだよね」
「ま、まき散らさなくても…」
「親父、夕方にはリン・ランの説得終わるかなぁ?」
「だといいね」
「今日は早めに帰ろうっと♪ もうちょっとで夫婦になれるね、レオ兄っ♪」
と、レオンの背ではしゃいでいるサラ。
レオンは苦笑した。
(そりゃ上手くいってほしいけど、そう簡単にはいかないんだろうなぁ……)
夕方。
リン・ランの部屋の中。
枕に顔を埋めて泣きじゃくっているリン・ランの傍らにいるリュウ。
昨日の夕方から泣きっぱなしのリン・ランに、食事や入浴のとき以外は付きっきりだし徹夜したが、なんら苦痛ではなかった。
(もうすぐで『父上大好きっ♪』って言われるぜ俺…!)
念願のその言葉をリン・ランから言われたところを想像し、リュウはにやけてしまう。
そんな顔をキリっと引き締め、リン・ランの頭に手を乗せて説得を続ける。
「だからな、リン・ラン。シュウの結婚を許してやれ」
「いっ、嫌ですなのだあっ…!」としゃくり上げながら言うリンとラン。「兄上が結婚するなんて、絶対嫌ですなのだあっ……!」
「そんなことをいつまでも言っていたら駄目だぜ、リン・ラン。あいつの気持ちにもなってみろ」
「あっ、兄上の気持ちっ…?」
「ああ。あいつはカレンが好きで好きで仕方ねえんだ。そう…、おまえたちを裏切るほどに!」
「ふにゃっ…、ふにゃああああああん!」と、ますます泣き喚くリン・ラン。「兄上の裏切り者ぉぉおおぉぉぉぉおおぉぉぉおっ!!」
「そう、そうだぜリン・ラン。シュウは薄情な奴だからな、人情味溢れる父上と違って」
「兄上のブワァァァァァァァカァァァァァァァァァァァァァァァっ!!」
「もちろんだ。あいつは生まれたときからバカだった、父上と違って。さらに父上と違い、ガキで弱くて単純で口うるさくて短気でおまえ本当に主人公かよってくらい格好悪くて、まるで良いところなしと来たもんだ。さあ、リン・ラン、目を覚ましてブラコンを卒業しろ。シュウなんぞより、この父上から溢れ出る魅力に気付け…! そしてファザコンになれ…! ファザコンになればもう2度と泣くことはない…! さあ、いざファザコンデビュー……!!」
と、両腕を広げるリュウ。
「ち、父上ぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇっ!!」
と、リン・ランが胸に飛び込んできて、溜まらずにやけてしまう。
(よっしゃ来たぁ! さあ、リン・ランよ! 『父上大好きっ♪』と言ってくれ…!)
と願ったリュウだったのだが、リン・ランの口から思いもよらぬ言葉が聞こえてくることに。
リン・ランと交互に言う。
「父上、ありがとうですなのだっ」
「わたしたちを元気付けてくれるために、ありがとうですなのだっ」
「とっても面白かったですなのだ」
「そこまで言うと、あまりにも有り得なくて面白かったですなのだ」
リュウは眉を寄せた。
(俺、笑いを取った覚えは……)
リン・ランがリュウの顔を見上げて笑う。
「父上が人情味溢れてるって、どこが? ですなのだ」
「兄上は誰が見ても薄情には見えませんですなのだ」
「兄上はそんなにバカじゃないですなのだ」
「母上を見てるときの父上のバカオーラには、兄上も敵いませんですなのだ」
「わたしたちの面倒を良く見てくれる兄上はガキなんかじゃないですなのだ」
「17で超一流ハンターになった兄上は、普通に考えて強いですなのだ」
「単純は素直とも言えますなのだ」
「口うるさいのは愛情の表れですなのだ」
「父上も母上も短気なんだから、兄上が短気なのは仕方ないですなのだ」
「どんなことにも堪えてきた兄上は、とっても格好いい主人公ですなのだ」
「兄上は良いところだらけですなのだ」
リン・ランの顔を交互に見るリュウ。
困惑する。
(ま、待て。何かおかしな方向に向かってないか…?)
リン・ランが涙を拭って声をそろえる。
「父上、わたしたち目が覚めましたなのだ!」
「お、おう?」
「自分たちの口でこれだけ言い、改めて確信しましたなのだ!」
「か、確信?」
「兄上は、決してわたしたちを裏切ることはないと!」
「いっ、いやいやいや――」
「兄上は父上が言った通り、カレンちゃんのことが好きで好きで仕方ないですなのだ! そう、ただそれだけのことですなのだ!」
と、リン・ランが窓の外の夕日を見つめる。
そして涙をぽろぽろと零しながら交互に続ける。
「ああ、兄上! ごめんなさいですなのだ!」
「結婚しようと何しようと、兄上のわたしたちに対する愛情や態度は変わるわけがないのに!」
「つい先月、兄上の心の声を聞いたばかりだというのに!」
「わたしたち、兄上を困らせてしまったですなのだ!」
「兄上はわたしたちのことをこんなにも大切にしてくれているのに、わたしたちときたら…!」
「ああ、なんてことを…!」
「わたしたち、夕日に誓いますなのだ!」
「兄上の幸せを心から願いますと!」
そして声そろえるリンとラン。
「わたしたち、死んでもブラコンを貫き通します…なのだっ! …こ、これからはちょっと不倫気分でますます燃えるしっ…なのだっ……!」
「――!!?」
リュウ、大衝撃。
予想だにしなかったカウンターの右ストレートを食らった気分で、ふらりとよろける。
「ま、待て、リン・ラン…! ハ、ハードパンチャーだなっ……!」
「へ?」
「ファ、ファザコンは…!?」
「ファザコン?」
と鸚鵡返しに訊き、首をかしげたリン・ラン。
あはは、と笑い、次の台詞に合わせて2回手を振った。
「ないない」
「――!!?」
リュウ、さらに大衝撃。
ダメージが回復する前の2度目の右ストレートに、たまらず床の上に膝をつく。
(ま、待ってくれ…! な、何故なんだ……!)
リン・ランがはしゃいだ様子でシュウに電話を掛ける中、立ち上がれず四つん這いになってリン・ランの部屋から出て行くリュウ。
(俺の夢の『父上大好きっ♪』は…!? どこへ飛んでいった……!?)
1階へと続く階段の方へとよれよれと向かっていく。
その間、震えた肘が何度もガクっと折れ曲がった。
(わ、分からん…! 何故だ、何故なんだリン・ラン…! なんでそんなにシュウが好きなんだ…!? 俺にはまるで理解不能だ……!)
と混乱しながら、リュウが階段へと辿り着いたときのこと。
階段の下の玄関の扉が勢い良く開いた。
「次女、只今ご帰宅でぇーす!」
サラだ。
その後ろにレオンもいる。
リュウの姿に気付いたサラがひらひらと手を振りながら言う。
「ただいま、親父ーっ!」
「お、おう、おかえ――」
「アタシ、レオ兄と結婚するねーっ!」
なんて婚約発表で言葉を遮られたリュウ。
「――!!?」
ふらっふらのところに、サラのそれはもう強力な3発目の右ストレートを食らったことにより。
ズルっ!
と手が滑り、
ゴロロロロロロロロっ!!
と階段を転がり落ちて行った。
「おっ、親父ぃぃぃいぃぃぃいいいいぃぃぃぃいぃぃぃぃいいいぃっ!!」
リュウ、K.O。
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