第116話 これから約一年間


 4月の頭。

 これから約一年間。
 シュウはハンター歴3年目を過ごし。

「オレももうハンターになって3年になんのかあ。はえーなあ。…あれっ? もう超一流ハンターのオレって結構すごくね?」

 カレンとサラは弟子期間を終了したということで、一応一人前ハンターとして活躍できることになったのだが。

「ねえ、カレンどうすんの? 兄貴と一緒に仕事する? それとも一人で仕事……できるわけないか」

「え、ええ。でもそろそろ武器を持って修行してみようと思ってるのよ……、シュウのところで。なんていうか、キャロルちゃんのことがあってから…。サラはどうするのかしら?」

「アタシもレオ兄のところで修行続けるよ。ちょっと一匹で仕事始めてもいーかなあって思ったんだけどさ…、なんていうかキャロルのことがあってからアタシもまだまだだなあって思ってさ。っていうか、カレン武器なんて使えるわけ?」

「つ、使えるようになるのですわ、絶対っ…! もうこれ以上大切な人が目の前でひどい目に合わされるのなんて嫌なのですわっ!」

 双子のリン・ランは魔法学校水学部の4年生として過ごし。

「わたし4年1組だったぞ、ラン」

「わたし4年1組だったぞ、リン」

「おおーっ」

「おおーっ」

「一緒だぞーっ」

「すごいぞーっ」

 三つ子のユナ・マナ・レナは魔法学校の2年生として過ごす。
 ユナは炎学部、マナは大地学部、レナは光学部。

「うえぇぇん、マナとレナと違う校舎なんて嫌だよぅ」

「もう、泣かないでよユナ! 大丈夫だよ!」

「レナの言うとおりだよ、ユナ…。校舎違うって言ったって、同じ敷地内なんだし…」

 ハンター歴15年目を過ごすレオンは、リンクと同じく副ギルド長に昇格し。

「って、僕も副ギルド長になっていいの? リュウ」

「ああ。おまえは単なる超一流ハンターの器じゃねーしな。つーか、俺に代わってギルド長の仕事こなしてるリンクがぶっ倒れそうなんだよ、忙しくて。もちろんおまえには今まで通り超一流ハンターの仕事もやってもらうが、余った時間でリンクを手伝ってもらおうと思ってな」

「分かったよ、リュウ。特に忙しいうちのギルドの副ギルド長が今まで一人しかいなかったことが不思議なくらいだしね」

「本来は俺の仕事なんだが、悪いな」

「仕方ないよ。リュウへの依頼の多さは異常だし…」

「おう…」

 なんてリュウとレオンが話しているのは、葉月ギルドのギルド長室の中。
 部屋の隅で小声でひそひそと話しているカレンとサラ、疲労のあまりソファーで爆睡中のリンク、一応超一流ハンターのグレルの姿などもあった。

 それから、唸っているシュウ。
 2枚の紙を見比べていた。

「うぅーん…、うぅーん……」

 本日は葉月ギルドに務めるハンターの身体測定および健康診断だった。
 シュウは自分のデータとリュウのデータを見比べながら唸っている。

「おいシュウ、さっきからうるせーぞ」

「だってよ、親父」

「何だよ」

「オレ去年から身長が1.5cm伸びたみたいで、183.5cmになってたんだ」

「そうか」

「で、親父の身長は変わらず185cmなんだ」

「だな」

「つまりオレと親父、身長1.5cmしか変わらねーんだよ」

「それがなんだ」

「オレの体重75kgに対して、親父の体重は82kg! 何で7kgも差があるんだよ!?」

「華奢だよなあ、おまえ」

「うっ、うるせえっ!」

 とリュウに背を向けたシュウ。

 決して華奢な身体をしているわけではないが、リュウと並ぶとやっぱり華奢だ。
 ちなみに195cm120kgのグレルと並ぶと、さすがのリュウも華奢に見えるが。

 むっとしたシュウは、ちょっと憎まれ口を叩いてみる。

「親父のデーブ!」

「おいレオン、俺とシュウの体脂肪率どっちが多かったか見たか」

「え? ええとぉ」とレオンが苦笑した。「どっちも一桁だけど、2%ほどシュウの方が多かったかな?」

 それを聞いたリュウに、

「デーブ、ブータ」

 と失笑しながら言い返されたシュウ。
 頬が膨らんだ。

「しっ、脂肪はクッションになって内蔵守ってくれるしいいんだよっ!」

「でもおまえ明らかに俺より防御力ないよな」

「そっ、そんなことねーよ! オレだって強くなってきてるんだ…! グレルおじさんの一撃食らったって平気だっ!」

 と言ったシュウの肩を、グレルが笑いながら叩いた。

「がっはっは! オレのメガトンパンチ食らって見るか? シューウっ♪」

「ゴメンナサイ嘘です死んじゃいますオレもう言いません」

「だろうな、今のおまえじゃ。ところで」と、リュウの視線がカレンとサラを捕らえる。「おまえたち、さっきから何をひそひそ話してんだ?」

 カレンとサラがリュウを見た。
 サラ、カレンの順に言う。

「ねえ、親父。ちょっと相談あるんだけど」

「あたくしが武器を使うとしたら、何がよろしいと思いますか? リュウさまっ…!」

「へ? カレンが武器ぃ?」と声を裏返したのはシュウである。「いきなり何言うんだよ、おまえ?」

「あ、あたくしだってハンターよ!? ちょっとくらい戦えるようになりたいのですわっ…!」

「カレン…」

 呟いたシュウ。
 カレンがそんなことを言い出した理由を察した。

(目の前で親友のサラがやられちまったのを見たんだもんな。自分の非力さを嘆くのも無理ねえか…)

 でも、

(あのときはオレもバカだったんだ。きっとレオ兄も思ってる。仕事帰りだろうがなんだろうが、ちゃんとカレンとサラを家まで迎えに行けば良かったんだ)

 明るくないシュウとカレン、サラ、レオンの顔を、リュウが見回す。

「どうした、おまえら」

 ギクっとしたシュウたち。
 慌てて笑顔を作る。

「な、なんでもないのですわリュウさま」とカレン。「それより、あたくしが武器を使うとしたら何がよろしいと思いますか?」

「ああ…、戦闘時のおまえのあまりの役立たずさにおいては俺もまったく気になっていなかったわけじゃねえ。せめて自分の身を守れるくらいにはなれ」

「ねね、親父」と、サラ。「剣よりは槍がいいよね、カレンには」

「まあ、そうだな。剣で槍に勝つには3倍の技量が必要っていうのは嘘じゃねーからな。槍の方が有利だな。だがそれより飛び道具を進めとくぜ、カレンには」

 カレンが首をかしげた。

「飛び道具…ですか?」

「ああ。弓矢とか銃とか、飛び道具全般を教えてやるよ…、俺が。つっても忙しいもんだからよ、カレンについてやれんのはせいぜい1日1時間程度だろうが」

「へ?」

 と、耳を疑ったシュウとカレン。
 シュウが少し狼狽しながら言う。

「カっ、カレンはオレの弟子だぜっ? 何で親父が教えるんだよ」

「弟子はもう終わったろ」

「で、でもこれからだって仕事は一緒に――」

「ああ、そのことだが」

「な、なんだよ?」

「おまえ一匹で仕事行け、シュウ」

「は?」

「おまえ一匹なら、3時間は早く仕事を終えられるはずだ」

「あっ…」

 とカレンが小さく声を上げた。
 俯いて同意する。

「そ、そうですわよね、リュウさま…。あたくしがいるせいで、シュウのお仕事の時間が余分に掛かってしまっているのですものっ……」

「そ、そんなことねえよカレ――」

「んで」と、リュウがシュウの言葉を遮って続ける。「仕事を早く終えられるようになったら、今度は時間が余る。その時間を利用しておまえには修行をしてもらう」

「修行っ?」

 とシュウが鸚鵡返しに訊くと同時に、リュウの視線がグレルを捕らえた。

 それを見てギクっとしたシュウ。
 唾をごくりと飲み込んで訊く。

「ま、まさか、グレルおじさんに鍛えてもらうって言うんじゃあ…!?」

「なーんだよ、シューウっ?」と、グレルが笑いながら口を挟んだ。「おまえがオレに鍛えてほしいって言うならオレはOKだぞーっと♪」

「心から遠慮するわ」

 と早口で返したシュウ。
 リュウを見て訊く。

「グレルおじさんじゃないなら、オレを鍛えるのって誰なんだよ? あ、親父かっ?」

「いや。本当なら俺が直々に容赦なくビシバシ鍛えてやりてーんだが、忙しくて時間がねえ」

「そうだよな。毎日数時間もオレの相手してらんねーよな。…って、母さんとのイトナミ時間減らせばいいんじゃねえすかね…!?」

「嫌だね。俺おまえの修行よりキラ抱いてる方が好きだし」

「好きな女見るだけでムラムラ止まんねーしな、アンタ」

 と、顔を引きつらせるシュウ。
 ふとリュウと能力が入れ替わったときのことを思い出した。

「おう。そこで、だ」

「う、うん?」

「有難いことに俺のマジすーげー可愛い黒猫がおまえの相手してくれるぜ?」

 つまりキラである。

「ま、待ってくれ…!」と引きつったシュウの顔。「かっ、母さんがオレを鍛えるって……!」

「何だ、不服なのか」

「だ、だってあの猫すーげー天然バカだから、何かすーげー怖いし…! っていうか、母さんに怪我させたら親父絶対オレのことしばくだろ!? 嫌だ、そんなの!」

 リュウが溜め息を吐いた。

「バカか、おまえ。ああバカだったな、悪い」

「うっ、うるせーなっ! オレなんか間違ったこと言ったか!?」

「そりゃキラが怪我したら俺はおまえを絞めるが」

「ほら見ろ!」

「おまえごときがキラに怪我させられるかって話なんだよ、バーカ」

「え?」

 きょとんとしたシュウの顔を見て、リュウが再び溜め息を吐いた。

「おまえずいぶんとキラの力を舐めてんな」

「そっ…、そんなことねえよ! オレは母さんが破滅の呪文を失ったって、最強のブラックキャットなんだってこと、ちゃんと分かってるしっ…!」

「そうだ、キラは最強のブラックキャットだ。ほとんど戦うことがなくたって、モンスターは年を重ねるたびに連れて力が増す。おまえごときの攻撃食らったところで掠り傷1つ負わねえよ」

「えっ…?」

 シュウの瞳が困惑した。
 リュウが続ける。

「それどころか物理攻撃は全て避けられて当たらねえし、魔法はキラに当たる前に掻き消される」

「そ…、そんなカバな!」

「おまえカレン・兄に会ってからときどき言葉おかしいぞ」

「オレだって超一流ハンターになったんだ! た、たしかに物理攻撃は当たらねえかもだけど、魔法くらい当てられる! そしたらいくら母さんだって掠り傷くらい負って……」

 リュウが3度目の溜め息を吐いた。

「俺の魔法食らって手足に切り傷程度のキラが…、か?」

「へっ…!?」

「いつだったか、一度だけキラに風魔法当たっちまったことがあったんだよ。俺あんときゃ一瞬本気で心臓止まりそうになったが……、キラは倒れることもなく手足に切り傷一本負っただけ。キラより魔力がある者が居るとしたら、亡くなった義父上くらいだろうな」

「……」

 驚愕のあまり言葉を失うシュウ。
 レオンが微笑んで言った。

「シュウ、君はリュウの力もキラの力も本当によく継いでいるよ? リュウの力に加えてキラの力なんだから、いつかは絶対に目標を達成することができる。出来ないわけがない」

 シュウの目標――リュウを超えること。
 リュウが続ける。

「これから一年間キラの元でちゃんと修行しろよ、シュウ。そうすれば俺に一撃与えることだってそう遠くない夢だ」

 シュウの顔から笑みが零れた。

「う、うん! オレがんば――」

「死ななければな」

「は?」

「だってキラだし。力加減は上手くやってくれるんだろうが、キラだし。あの天然バカ頭を持つキラだし。いつ何が起こってもおかしくねえだろ?」

「……や」シュウ、顔面蒼白。「やっぱり母さんは止めてくれっ! オレ死にたくねえええぇぇええぇぇええぇぇえっ!!」

 と喚くシュウを無視し。
 リュウが立ち上がりながら言う。

「んじゃ俺仕事行くわ。師匠もシュウ連れて早くキラのとこ行って」

「な、何のためにグレルおじさんも?」

 とシュウが訊くと、グレルが答えた。

「キラのちょこっとばかし鈍っちまった戦いの感覚を戻すためだぞーっと♪」

「は!?」

「シュウの相手する前にオレと準備運動するんだぜ、キラ♪」

「…かっ、母さんVSグレルおじさん……!?」

 それを想像したシュウ。
 冷や汗が背中を伝った。

 リュウがギルド長室の戸口へと向かいながら言う。

「師匠、あんたの魔法もキラにはほとんど利かないが、さすがにあんたの物理攻撃食らったらキラも痛ぇだろうから力加減よろしく」

「分かってるぞーっと♪」

「いやたぶん分かってねーから、キラに治癒魔法かける準備しておけよ、シュウ」

「お、おうっ……」

「あ」と、ドアを開ける前に立ち止まったリュウ。「おい、カレン来い。今日はとりあえずおまえの武器買いに行く」

「あっ、はい! リュウさまっ…」

 と慌ててリュウに駆け寄るカレンに、シュウの手が伸びる。

「あっ、カレンっ…!」

 リュウがにやりと笑った。
 カレンを左腕に抱っこする。

「あぁあぁあっ!!」

 と思わず叫んだシュウ。
 リュウがドアを開ける。

「じゃ、おまえも早く師匠と一緒にキラのとこ行けよ、シュウ」

「カっ、カレンを離せ親父っ!! 何で抱っこする必要があんだよ!?」

「カレンが俺の足に追いつけるわけねーだろ?」

「だっ、だからって人の嫁をっ……!!」

「エンゲージリング渡してから言え」

「こっ、今夜渡――」

「じゃーな」

 と、リュウがカレンを抱っこしたままギルド長室を後にする。
 シュウの叫び声を聞きながら、カレンが苦笑した。

「リュウさまって、本当シュウで遊ぶのお好きですわね…」

「まーな」と、足取りの軽いリュウ。「で、おまえ今夜プロポーズされんのか」

「は、はいっ…!」

 と、カレンの頬が染まった。

「そうか」

「は、はいっ…! と、ところでリュウさま? そろそろ降ろしてくださいっ…」

「キラより3kg重いからって気にすんなカレン」

「!? どっ、どうしてそれを…!」

「だって俺ギルド長だし」

「あっ! 身体測定っ…!」

「おまえ乳ねえのに体脂肪率が――」

「きゃっ、きゃあああああああああっ! 言わないでくださいっ!」

 と顔を真っ赤にして喚くカレンを見て、リュウがにやりと笑う。

「おまえ来月にはシュウと結婚…か。ってことは……」

 ギクっとしたカレン。

(あたくしシュウと結婚したらもしかして……!?)

 嫌な予感を感じた。
 そしてそれは、

「俺の玩具がもう1匹増えるってことだな」

 的中のようだった。
 ギルドの外に出て、カレンを地に降ろしたリュウ。

 己に足の速くなる魔法をかけ、にやにやと笑いながら続ける。

「ああー、楽しみだぜ。シュウの嫁になっちまえば遊ぶのに遠慮も何もいらねえ。シュウの嫁ってところがまた楽しすぎて仕方ねえ」

「おっ、玩具にしないでくだ――」

 リュウの脇に抱えられたカレン。
 バケモノとしか言いようがない俊足を持つリュウが突然走り出したものだから、絶叫した。

「さあああああああああああああああああああああああああああああああああいっ!!」

 玩具にしないでください。

 なんて言ったところで、無駄なことは分かっているカレン。
 リュウの脇腹あたりで、

 ゴオォォォォォォっ!

 と風を頭に浴びながら苦笑した。

(主人公――シュウに続いて、ヒロイン――あたくしも哀れな運命なのですわ……)
 
 
 
 一方その頃のシュウ。
 ミーナに電話をし、グレルと共にキラの待つ自宅屋敷の裏庭へと瞬間移動でやって来た。

 やがて始まったキラの準備運動。
 初めて目にする、キラVSグレル。

(ええと…。母さんとグレルおじさんの攻撃が……)

 シュウ、呆然。

(まるでミエマセン)
 
 
 
 
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