第111話 掴まったキャロル


 葉月町中央のキラの銅像前。
 レオンが腕時計で時刻を確認する。

「そろそろ待ち合わせ時間だね」

「うん」と携帯電話で時刻を確認して頷いたシュウ。「サラ、気合入れて来るんだろうなあ」

 レオンが微笑んだ。

「そうだね…、今までのデートで一番気合入れていくから楽しみに待っててって言われたよ。僕から見た今日のサラは誰よりも綺麗なんだろうな。なんていうか、絶世の美女って言われるキラに劣らないくらい?」

「レオ兄も意外と結構バカップルだな」

 とシュウが笑う。
 そのとき、シュウの手の中で携帯電話が鳴った。

 レオンがシュウの携帯電話を覗き込んで言う。

「あれ、マナだね」

「うん…」と、頷いて電話に出たシュウ。「もしもし? どうした、マ――」

「兄ちゃんっ…」

 言葉を遮られた。
 普段は冷静なマナだが、そんな様子を感じさせない。

 狼狽した声をしている。

「兄ちゃん、カレンちゃんとサラ姉ちゃんと落ち合ったっ…!?」

「いや、まだだけど」

「まだ…!?」と、鸚鵡返しに訊いたマナ。「カレンちゃんとサラ姉ちゃんの声が玄関の辺りから消えてから、もう結構経つのに…!」

「えっ、マジで?」

 とシュウが言い終わるか終わらないかのうちに、レオンがシュウの手から携帯電話を取った。
 シュウも慌てて取られた携帯電話に耳を近づける。

「もしもし、マナ? 今のは本当なんだね?」

「うん、レオ兄…。やばいよ…、キャロルさんかもしれない…!」

「キャロルちゃん…!?」

「キャロルさんはリン姉ちゃんラン姉ちゃんに『思い浮かべた相手の思ってもいない心の声が聞こえる薬』を飲ませた…」

「それでおかしかったんだね、リンとランは」

「今あたしが『思い浮かべた相手の心の声が聞こえる薬』を作ってる…。次に犠牲になるのはキャロルさんのライバルであるカレンちゃんか、もしくはカレンちゃんと兄ちゃんの幸せを守ろうとするサラ姉ちゃんか…!」

「分かった、マナ。これからそっちに向かって歩いて――」

 レオンは言葉を切った。
 携帯電話をシュウに突っ返し、辺りを見回す。

(今、僕を呼ぶ声が……!)

 目を閉じ、葉月町の雑踏の中で猫耳を済ませるレオン。

「レオンさんっ!!」

 そんなカレンの声を、僅かにレオンの猫耳が聞き取った。

(――サラっ……!?)

 目を見開き、レオンが突然走り出す。

「レっ、レオ兄っ!?」足の速くなる魔法をかけ、慌ててレオンを追うシュウ。「も、もしもしマナ!? なんかやばいっぽいから電話切るな!」

 と携帯電話を切り、ポケットにしまったシュウ。
 足の速くなる魔法をかけているのに、遠退いていくレオンの背を見て驚愕する。

(はっ、はえぇっ…! もしかして、サラに何か……!?)
 
 
 
 首に針が刺さったとほぼ同時に、カレンの頭の中にシュウの声が響いてきた。

「――…シュウっ…!?」

 ふふ、とキャロルが笑う。

「あなたにはすぐ効いてしまうでしょうね、カレンさん。サラさん用に特別に効力を強めて作ったのですから」

 カレンの頭に響く。
 シュウの声。
 カレンへの罵声ともいえるその言葉たち。

 俯いたカレンの肩が小刻みに震える。

 それを見てキャロルが笑った。

「あらあら、あなたも弱いこと。泣いちゃったの?」

「……笑っているのよ」

「何…」

 キャロルが眉を寄せた。

 カレンが首から針を抜き、顔をあげる。
 キャロルを見るその表情は、明らかに嘲笑していた。

「舐められたものだわ。何なのかしら、これ。これがシュウの本音? 冗談はそのイカれた頭だけにしてちょうだい」

「強気…」

「ええ、そうよ。あたくし、シュウに愛されているもの。あなたと違って」

 カレンは思い出す。
 約一ヶ月前、シュウは言った。

『誰がオレのこと好きだろうと何だろうと、オレはカレンのことが好きなんだからな』

 そう、はっきり言った。

(あたくしはその言葉を信じるわ)

 キャロルの顔が歪む。

「なぁーに、この全然甘くないデザート…。おいしくなぁーい」

「あなたにおいしいだなんて思われたくもないのですわ」短く失笑し、カレンは続ける。「いいこと? 覚えておきなさい」

「はい…?」

「シュウはあなたを愛さないわ」

「……」

「あなたみたいにイカれた子…! シュウは絶対に愛したりなんかしないわ!」

「……」

「サラにこんなことしてシュウに愛される!? そんなことでも思っているわけ!? だとしたら大バカね! あのキラさまもグレルさんも(シュウもかも…)敵わないほどのバカだわ! これがどういうことか分かる!? 正真正銘・本気で死んでも治らない根っからの純粋な救いようのない超ミラクルバカってことよ!!(ご、ごめんなさいキラさまグレルさん、あと一応シュウ……)」

「…あなた…うるさぁーい」

 キャロルが刀尖をカレンに向けた。

「あたくしをどうする気? サラみたいなことにするの?」

「殺しちゃーう」

「本当、バカな子」

 と、カレンが再び失笑したとき、キャロルの目の色が変わった。

  「その嘲笑ムカつくのよ!」

「痛々しいバカだわ」

「うるさいっ! うるさいうるさいうるさいっ!」

「可哀相ね」

 3度目のカレンの嘲笑。

 それと同時に、キャロルが犬の牙を剥き出しにした。
 刀を構え、カレンに飛び掛る。

「あんた…消えてっ!」

 キャロルを見るカレンの目は冷静だった。
 ほっと安堵の溜め息を小さく吐く。

「消えるのはどちらかというと」

 突然、キャロルの足が浮いた。

「あなたの方かしら」

 バキっ!

 と音がし、真っ二つに折られたキャロルの刀。

「――えっ…!?」

 キャロルは刀を見たあと、自分の浮いている足元を見た。
 首が苦しい。

 はっとして顔を後ろに傾けると、赤い瞳が目に入った。
 怪しくゆらゆらと揺れる青い髪。
 灰色の猫耳。

「レっ…レオンさんっ…!」
 キャロルの顔が引きつった。
 キャロルの襟の後ろを掴んで持ち上げていたのは、カレンの叫び声を聞いて駆けつけてきたレオン。

 レオンの顔を見て、カレンが涙に声を詰まらせる。

「レオンさん…! サラがっ…サラがぁっ……!」

 レオンはカレンの腕に抱かれているサラに目をやった。

 身体のあちこちに出来ている切り傷。
 カレンが必死に止血しようと押さえているサラの左手。

 そして、切り離されたサラの左手の薬指。

 レオンから歯軋りが聞こえた。

「カレンっ! サラっ!」

 と遅れて駆けて来たシュウに、レオンが言う。

「シュウ、すぐにカレンちゃんの首とサラに治癒魔法。でもサラの左手には掛けないで」

「えっ…!?」

 と、カレンとサラを見たシュウ。
 気を失っている妹の姿を見て叫んだ。

「――…サっ…サラっ!!」

 顔色失い、サラに駆け寄る。
 カレンの首に、サラの身体のあちこちに慌てて治癒魔法を掛ける。

「おいサラっ…! サラっ……!」

 カレンの腕からサラを取り、目に涙を溜めながら抱き締めるシュウに、レオンがもう一度言う。

「サラの左手に治癒魔法を掛けちゃダメだよ、シュウ。清潔なハンカチか何かで傷口をしっかりと押さえていて」

 ハンカチと聞き、カレンが飛ばされたバッグのところに駆けて行った。
 ハンカチを取り出し、それをサラの左手の傷口に当ててしっかりと押さえる。

 シュウが訊く。

「で、でもどうしてレオ兄っ…?」

「指が取れた状態で治癒魔法を掛けたら、もう指は繋がらなくなってしまう」

「えっ…!? ってことは、まだ繋がる方法がっ……!?」

「シュウの治癒魔法では駄目だ。リュウでも駄目。サラの指を再び繋げることが出来るのは、優れた治癒力を持つレッドドッグ――この子の母親だよ」

 と、キャロルに目を落とすレオン。
 キャロルが狼狽し出す。

「わ、わたしのママをっ…!? そんなっ…えとっ…! リュ、リュウさまでも大丈夫だと思いますっ……!」

「じゃあリュウを呼んで試してみるかい? リュウがここに来たら間違いなく君の一家全員惨殺されるけど」

「まっ、まさかっ…! 葉月島ハンターを代表するリュウさまがそんなこと――」

「するよ?」

 ずばっとハッキリと、レオンがキャロルの言葉を遮った。

 動揺して一瞬息を呑んだキャロル。
 だがリュウよりも母であるケリーが恐ろしいのか、相変わらず狼狽しながら続ける。

「…でっ、でっ、でもっ…! わたしのママを呼ぶのはちょっとっ……!」

「子供がした悪さに親が頭を下げるのは当然のことだ」

 と、スーツのポケットの中から携帯電話を取り出したレオン。
 掛けた相手はミーナ。

「もしもしミーナ? ちょっとこれから瞬間移動で文月島に行って、ゲールとケリーさん連れて来てくれないかな。場所はリュウの家と葉月町を繋ぐ道の、真ん中あたりで。ゲールの家ならリンクに聞けば分かるから。なるべく急いで。それからくれぐれもリュウには内緒で。…え? ちょっと本気でリュウが殺人を犯しかねなくてね。それじゃ、よろしくね」

 と、電話を切ったレオン。
 まだ宙ぶらりんにされているキャロルがじたばたと暴れる。

「いっ、いい加減離してくださいっ! シュ…、シュウさんっ、助けてっ……!!」

 とシュウに手を伸ばすキャロル。

 だが、シュウはキャロルを助けようとはしない。
 ひどく不快な目をしてキャロルを見つめている。

「どうしてサラにこんなことっ……」

「え……?」

 と首を傾げたキャロル。

 シュウが溜まらずといったように声を上げる。

「オレの妹にどうしてこんなことしたかって訊いてんだよっ!!」

「…だ…だって……!」と、キャロルの瞳から涙が零れた。「わっ…、わたしはシュウさんが好きでっ…! リンさんランさんも、サラさんも、カレンさんも……、わたしにとっては邪魔者でしかないっ!」

「だからって――」

「邪魔者は始末する! わたしの目の前に立ちはだかる邪魔者は何だって始末する! そしてあなたに愛されるのは、このキャロルです!」

「オレは――」 「わたしはっ…! 醜い邪魔者の泣き顔も、返り血も浴びるのも大好きです! だって大嫌いなんですものっ…! あなたを想っているというだけで、憎いんですものっ…! 邪魔者の泣き顔を見るのも、返り血を浴びるのも、快感以外の何ものでもないわ! わたしはあなたがほしいっ…! あなたを手に入れて、あなたに愛されたいっ…! それを阻む邪魔者なんて、みんな消えればいいのよっ!!」

 辺りに流れる静寂。

 しばらくして、シュウがキャロルから顔を逸らした。

「……悪いけどオレ、君みたいな子は好きになれそうもねえから」

「――」

 暴れていたキャロルの身体が動かなくなった。
 手足をぶらんとさせ、涙を流しながら呆然としてシュウを見つめている。

 それを見て、レオンが小さく溜め息を吐いた。

「…君は一般人とはいえ、親は文月島を代表する超一流ハンター。超一流ともなれば、多くの人々の命を預かっていると言っても過言ではない。それなのに君のしていることは……。…いいかい、もう二度と親の顔に泥を塗るようなことをするんじゃないよ?」

「……」

「分かった?」

「……離して…ください……」

「離したらどうするの? 逃げたりしない?」

「しません。離してください、苦しいです…」

 生気を失っているようなキャロルを見つめて数秒。
 レオンがキャロルから手を離した。

 とん、とキャロルが両足をそろえて地に足をつける。
 それから数秒後のこと。

 スパっ!

 と、レオンの足首目掛けて振られた刃。
 レオンのスーツのズボンを割いた。

「レオ兄っ!」

 と叫んだシュウ。
 キャロルのブーツの踵を見る。

 靴底にナイフが仕込まれていた。

 レオンが徐に己の足元に目をやる。

(今のうち! ママに捕まる前にっ!)

 と逃げ出そうとしたキャロルだったのだが。

 ガシっ!

 と頭の上に圧し掛かった重み。
 顔をあげると、それはレオンの手。

 さらに顔をあげ、

「――…っ……!!?」

 キャロル、顔面蒼白。 

 怒髪衝天のレオン様こんにちは。

 ゆらゆらと揺れていたレオンの柔らかな青い髪はついに逆立ち。
 普段穏やかな赤い瞳は冷淡な光を放ち。
 ぎりぎりと歯軋りをする音はキャロルの犬耳に響き。

「――レっ…レオンさっ……!」

 絶体絶命のキャロルに走る戦慄。

 コメカミの血管を浮かせながら、レオンが口を開いた。

「おーしーおーきーだーべえぇぇぇぇぇ……!!」

「――って、レオ兄キャラ違っ!」

 と、思わず突っ込んだシュウ。

 そのあと、ごくりと唾を飲み込んだ。
 やっぱりブチ切れたレオンは恐ろしい。

(キャ…キャロルちゃんの運命やいかに……)
 
 
 
 
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