第108話 出ました


 リン・ランの誕生日の次の日。
 働いているドールショップの床をモップで掃除しているミヅキ。

「何があったんだろう…」

 と小さく呟いた。

 昨日のシュウ宅でのリン・ランの誕生日パーティーは途中で中断された。
 リビングにいた皆にまで届いてきたリン・ランの泣き声。
 一体何事かと、リビングにいた一同は2階へと駆けて行った。

 リン・ランの部屋の前、困惑した顔で立っていたシュウとカレン、サラ。
 リン・ランの部屋の中からは、「兄上の嘘吐き」だの「兄上なんか大嫌い」だのそんな罵声が響いていた。

 誰が何を訊いても、同じ言葉を繰り返して泣きじゃくっていたリン・ラン。
 そのうちシュウは深い溜め息を吐いて、自分の部屋へと入っていってしまった。

(傷付いてたよなあ…、シュウ。カレンちゃんには心配かけないようにするのは分かるけど、ぼくにまで「大丈夫」だなんて作り笑顔向けんなっての……友達なんだから)

 もう一度溜め息を吐いたミヅキ。
 ふと顔をあげたときに、開けていた出入り口のドアの外を通って行った少女が目に入る。

(ん? 犬耳? めずらしいな。……って、あれっ?)

 ミヅキはモップを投げ出すと、戸口まで駆けて行った。
 ドアから顔を出し、今通り過ぎて行った犬耳の少女を見つめる。

 少女はミヅキの働くドールショップから少し離れたところにある店――マナがよく薬の材料を買いに行く店へと入っていった。

「間違いない。あの子、キャロルちゃんだ」
 
 
 
 仕事から帰ってきて真っ直ぐ向かったリン・ランの部屋の前。
 ただいまを言ったあと、シュウは深い溜め息を吐く。

「リン、ラン…。兄ちゃん、おまえたちのこと本当に大切に思ってるよ。嘘なんかじゃねえよ」

 といくら弁解をしても、リン・ランの返事は泣き声だけ。
 昨日のあれ依頼、リン・ランは泣きっぱなしだ。

「シュウ…、今は何を言ってもダメなのかもしれないわ」

 そう言ってカレンは、シュウの手を引っ張ってシュウの部屋へと向かって行く。

(何かがおかしいわ、何かが…。どうしてリンちゃんランちゃんがいきなり…。きっと昨日、あたくしたちが見ていないところで何かがあったのですわ。そうとしか考えられないもの……)

 シュウの部屋の中、カレンがそう思ったとき。

 一階から二階へと慌ただしく掛けて来る足音が聞こえた。
 その足音はこちらへと向かってくる。

 そして、

「兄貴、カレンっ!」

 ドカッ!

 とドアを蹴り開けて現れたのはサラだった。
 それからレオンと、ミヅキの姿もある。

「ど、どうしたの? サラっ…。そんなに慌てて」

 カレンが訊くと、サラがレオンとミヅキを引っ張って部屋の中に入れ、ドアを閉めた。
 そして言う。

「ミヅキが今日の昼間、葉月町でキャロル目撃したって!」

「えっ…!?」

 どきっと嫌な動悸がしたカレン。
 それと同時に、シュウがきょとんとして訊く。

「それが?」

「それがって…。ああもう、予想通りの反応」とミヅキが溜め息を吐いた。「いやまあ、シュウじゃ話進まないと思ってサラちゃんにキャロルちゃん目撃メールしたんだけど?」

 シュウが眉を寄せる。

「は? 何? どういう意味?」

 サラが苛々とした様子で言う。

「だーかーらぁー、キャロルは兄貴のこと好きなんだってば! 直接告られてるってのに、まだ分かってないわけ!? どんな鈍感頭してんだよ兄貴!?」

「はぁ? 何言ってんの?」

 と声を裏返し、そんなことあるわけがないというような顔をしているシュウ。

 あまりにも予想通りな反応で、ミヅキが再び溜め息を吐いた。
 シュウを放置して話を続ける。

「ぼくさ、一瞬思ったんだよ。リンちゃんランちゃんをおかしくさせたのはキャロルちゃんじゃないかって。昨日のパーティーのときの来客は新聞の勧誘じゃなくて、キャロルちゃんだったんじゃないかと思うんだ。キャロルちゃんを疑ってるわけじゃないけど…、いや疑ってるからこんなこと思ってるんだけど……」

「アタシもミヅキに同意だよ」と、サラ。「リン・ランがおかしくなったのは、昨日の来客のあと。そして葉月町にキャロルがいた。となると、リン・ランをおかしくさせた犯人はキャロルだとアタシは確信する!」

「こらこら君たち…」と苦笑したレオン。「そんな証拠、まだどこにもないでしょ? ただキャロルちゃんが葉月町にいたってだけじゃない…。リンとランから話が聞ければいいんだけど、あの様子じゃ聞けそうにもないね」

 困惑しているカレン。
 確認するために訊く。

「ミ…、ミヅキくん、キャロルちゃんが葉月町にいたのは本当なのね?」

「うん。ぼくが見間違えていなければだけど、あれはきっとキャロルちゃんだよ。マナちゃんが薬の材料を買いに行く店あるでしょ? あそこに入って行ったんだ」

「だからさだからさ」と、サラが続いた。「キャロルもきっと、マナみたいに薬を作るんだよ。魔力さえあれば、薬の本見て魔法かけられるらしいし。キャロルには攻撃魔法ないと思って油断してたよ、アタシ」

「……」

 俯いたカレン。
 まるで話についていけないシュウだったが、カレンの不安そうな横顔を覗き込んで言う。

「お、おい? 誰がオレのこと好きだろうと何だろうと、オレはカレンのことが好きなんだからなっ? 忘れんなよっ?」

 カレンがシュウの顔を見る。

(そうよね…、大丈夫よね。シュウがこう言ってくれてるんだから、不安になることなんてないのですわ)

 カレンが笑って頷いたのを確認すると、シュウも安堵したように笑った。
 そしてサラが、何やら気合の入った様子で声をあげた。

「ずえっっっっったい! 兄貴とカレンには指一本触れさせないんだからねキャロルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥっ!!」
 
 
 
「――と、叫んで1週間が経ち、2週間が経ち、ついに3月がやってきて3週間が経ったのにキャロルは姿を現さず、いい加減気が抜けてきたサラです…」

 とレオンの部屋の中のベッドで溜め息を吐くサラ。
 レオンの腕枕に頬を擦り付けながら訊く。

「ねー、レオ兄ー。何でだと思うー? キャロル来なーい」

「この間はちょっと葉月町に用があっただけだったんだよ、きっと」

「そーおーかーなぁ…」

「キャロルちゃんのこと疑いすぎだよ、サラ」

 サラの動きが止まった。

「だって、キャロルが兄貴のこと好きだってことに違いはないもん。キャロルがカレンのこと良く思ってるわけがないもん。リン・ランは部屋にこもりっ放しで、相変わらず話は聞けないけど……、絶対キャロルに何かされたんだ。絶対キャロルの仕業だもん」

「だから」とレオンが溜め息を吐く。「そんな証拠、どこにもないでしょ?」

「ないけどキャロルだもん」

「何それ…」

「キャロルったらキャロルだもん。絶対キャロルだもん」

「はいはい…」と、もう一度溜め息を吐いたレオン。「でもさ、サラ。もしキャロルちゃんが現れたらどうする気? 僕との約束、忘れてないよね?」

「忘れてないよ!」

 とサラが声をあげた。
 レオンの顔を見て続ける。

「アタシはキャロルが現れても、絶対に暴力だけは振るわない! ホワイトデーは来週だからね、レオ兄っ! 忘れてないよねっ!?」

「忘れるわけないでしょ」

 とレオンが笑った。
 それを見て、サラも笑顔になる。

「ねね、レオ兄? なーんて言ってくれるのっ?」

「まだ秘密」

「いーじゃん、ちょっとくらい」

「ダメダメ。ホワイトデーに渡すものとセットにして言う言葉でしょ」

 と、レオンがベッドから起き上がった。
 サラの身体も左腕で抱いて起こす。

「さて、帰ろうかサラ」

「エー、何で」と膨れたサラ。「まだ早いじゃん。ちょっともう1発」

 とレオンの身体を押し倒す。
 が、レオンが再び身体を起こす。

「今日はもうダーメ」

「えぇっ!? レオ兄、4発でバテるようになっちゃったの!? 純モンスターなのに!?」

「いや、違うよ…」

 と、苦笑したレオン。
 ベッドから出て衣類を身につけながら言う。

「今日これからちょっと用事があってね」

「――!?」サラ、大衝撃。「レっ…、レオっ…レオ兄のブワァァァァァァァカァァァァァァァァァァァァァァァァっ!!」

「へっ?」

「そんなことならゴムに穴開けときゃ良かったあぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁあぁぁあっ!!」

「ちょ、サラ――」

「そしたら『レオ兄に孕ませられちゃった♪ もち責任取ってくれるよね?(ハート)』ってできたのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

「ああもう――」

「うわあぁぁぁああぁぁあああぁぁあぁぁぁぁああ――」

「コラっ!」

 ピシっ!

 とサラの言葉を遮ったレオンのデコピン。

「バカなこと言ってんじゃないよ、サラ。僕が浮気するわけないでしょ」

 サラが額を擦りながら笑う。

「だよね、ごめんなさーい」

「まったくもう…」

「で、用って?」

「秘密」

「やっぱ浮――」

「怒るよ」

「ゴメンナサイ。で、用って?」

「秘密だってば」

「分かった。で、用って?」

「……」

「ねえ、用って?」

「……しつこいね」

 と、苦笑したレオン。
 溜め息を吐いて言う。

「宝石店で注文してたあるものが出来上がったらしいから、それをこれから取りに行くんだ」

「宝石店で注文してたあるもの…?」

 と鸚鵡返しに言い、首を傾げたサラ。
 はっとしてにやける。

「ふーん? そっか、何だろうなー。まったく分からないなー、アタシ! でも超すごく大切な用みたいだから、早く帰ってあげなくっちゃ♪」

 と、いそいそと衣類を身につけるサラ。
 レオンの手を引っ張って、レオン・グレル宅を後にする。

「ねえ、レオ兄。今日送らなくていいよ」

「どうして?」

「アタシもちょっと行くところがあって」

「どこ?」

「薬局」

「薬局?」
 
 
 
 キャロルが現れることなく、さらに約一週間が経ち。
 何だかもうカレンもサラも、キャロルのことを忘れかけていた。

 今はキャロルのことより、2人は明日のホワイトデーのことで頭が一杯だ。

 一緒に入浴したあとのカレンの部屋の中、カレンが言う。

「いよいよ明日ね、サラ?」

「うん」

 と、わくわくとした様子でハンドクリームを手に塗りこんでいるサラ。
 約一週間前に薬局で一番高いものを買ってきた。
 そしてその日から、一日3回かかすことなく塗りこんでいる。

 カレンが笑う。

「そんなことしなくたって綺麗な手してるじゃない、サラ。水仕事しないんだし」

「最後の余計だしー」

「ふふ、ごめんなさい。でも、ハーフなんだから手荒れなんて無縁じゃないのかしら?」

「ハーフだから気をつけてるの。半分人間だし。ママみたいな純モンスターは、いくら水仕事しても荒れないけどね」

 カレンがサラの左手を取った。

「まあ、美しい手だこと。ネイルも綺麗に整えてあるし。明日ここに……」と、サラの左手の薬指を握るカレン。「エンゲージリングが輝くのね」

「うん…、レオ兄からのエンゲージリング」

「……」

「……」

 数秒の沈黙は嵐の前の静けさ。

「きゃああああああああああああっ! レオンさん何てプロポーズするのかしらあああああああああああああああああっ!!」

「何て言われちゃうの!? 何て言われちゃうのアタシィィィィィィィィィィィィィっ!! 『君を一生あいらーびゅー(I LOVE YOU)』とかあああああああああああああっ!?」

「あんもう素敵ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

「アタシも一生あいらーびゅうぅぅぅぅぅぅぅぅうぅぅぅぅううぅぅぅぅうぅぅうっ!!」

 カレンとサラ、抱き合ってベッドの上をごろんごろんと転がって大暴れ。
 しばらく黄色い声をあげてはしゃいだあと、2人はぴたりと止まった。

「おめでとう、サラ…!」

「ありがと、カレン。って、まだアタシプロポーズされてないけど」と、サラが笑った。「でもアタシ……」

「ええ」

「明日、レオ兄からエンゲージリングもらって、そしてプロポーズされる……んだよね?」

「ええ、そうよサラ」

「……」

 仰向けに寝転がり、サラが左手を顔の前にかざして微笑む。

(明日、この薬指にレオ兄からのエンゲージリングが……)
 
 
 
 翌日。
 ホワイトデー。

 リュウとキラは朝からデートへと向かい。
 レナも正午ちょっと前からミヅキとの初デートに向かい。

 シュウとレオンは夕方までに本日分の仕事を終わらせに行っている。
 シュウとレオンも、デートのために。

 部屋の全身鏡の前、サラと並んで立っているカレンは頬を染めた。

「ああ…、素敵よサラ」

 鏡越しにカレンの瞳に映るサラ。
 今日のデートでレオンと高級ホテルのレストランへと向かうため、ドレスアップしている。

 今日のサラは誰よりも輝いて見えた。
 同性であるカレンも、思わず見惚れてしまうくらい。

「これからレオンさんという素敵な王子さまと会って…! それでそれでっ……!」

 サラが笑った。

「始まったよ、カレンの乙女なトリップが」

 はっと我に返ったカレン。

「あらヤダ、いけないわ」と、時計に顔を向ける。「もう準備できたし、行こうかしら? でもちょっと早すぎるかしら」

 カレンとサラは本日のデートで、葉月町の中央――キラの銅像前でシュウとレオンと落ち合うことになっている。

「ううん、早く行こうっ! レオ兄早めに待ってるかもしれないし」

 と、うずうずとした様子のサラ。
 カレンの手を取り、廊下に出る。

 玄関へと向かう途中、リン・ランの部屋のドアをノックした。

「リン・ラン? アタシとカレン、出掛けてくるからね? 親父もママも兄貴もいないから、誰が来ても出ちゃダメだよ?」

「…いってらっしゃいなのだ……」

 そんなか細いリン・ランの声を聞いたあと、サラは階段を下りていった。
 玄関にミラが見送りに来る。

「いってらっしゃい、サラ、カレンちゃん」

「ねえ、お姉ちゃん。誰が来ても開けちゃダメだからね? お姉ちゃんは弱いしリン・ランは弱ってるし、三つ子の力はまだ心配だし」

「分かってるわよ」

「って、あれ? レナはデートだよね。ユナとマナとジュリは?」

「ユナはジュリの相手してるわ。マナはお部屋にこもって何かしてるみたいだけど…」

「ふーん? それじゃいってきます、お姉ちゃん」

「いってきます、ミラちゃん」

 と、屋敷を後にしたカレンとサラ。
 葉月町へと続く一本道を歩いていく。

「レオンさん、ちゃんとスーツに着替えてくるのかしら?」

「うん、そう言ってた」

「はぁ…、素敵だわレオンさん」と再び染まったカレンの頬。「シュウは仕事帰りだから戦闘服のままなのよね…。いえ、うん、いいのだけれど。わざわざ帰ってきて着替えるの大変だと思って、そのままでいいって言ったのはあたくしだから」

「でもちょっと萎えるよねー。カレンはお洒落したのに、兄貴は薄汚れた戦闘服ってさ」

「……」カレン、苦笑。「あ…あたくしたちのことはいいのよ、あたくしたちのことはっ!」

 と気を取り直し、サラの腕を取る。

「サラ、フィアンセのところへ向かってレッツゴォォォォよっ!」

「よし、レッツゴォォォォォっ!」

 と腕を組み、スキップして待ち合わせ場所へと向かっていくカレンとサラ。

「ヘイヘイヘイヘーーーイ♪」 「ヘイヘイヘイヘーーーイ♪」 「与作ーは木ーを切るぅー♪」 「ヘイヘイホー♪ ――って、サラ渋っ! ソレあたくしのおじーさまの十八番じゃないっ! せめてキ○シにしてちょうだいっ!」

 ハイテンションで道をスキップしていって数分。

「サ、サラ、つ、疲れたのですわぁーっ…!」

 と、カレンの息が切れてきた頃。
 突然サラが立ち止まった。

「はぁっ…、はぁっ…、やっと止まったのですわ」

 膝に両手をつき、呼吸を整えるカレン。
 サラの横顔を見上げ、首をかしげる。

「サラ…?」

 緊迫しているサラの表情。
 カレンはその理由を、サラの目線を追って知った。

「――出た」

 と、顔が引きつる。

「出たよ、カレン」

「やっぱり出たわ、サラ」

「やっぱり出たよ、カレン」

 何が出たかって、

「ごきげんよう、カレンさん、サラさん」

 キャロルが……。
 
 
 
 
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