第107話 双子の始末
赤犬の耳。
胸まである焦げ茶色のさらさらとした髪の毛。
垂れ目がちで、気の弱そうな顔つき。
小さな声が発せられるその首は細い。
「あの…、リュウさまご一家のお宅はどちらへ……?」
「リュウさまのお宅ですか。それならあそこの道を真っ直ぐと進むと辿り着きますよ」
「ありがとうございます」
と文月ギルド・ギルド長兼、超一流ハンター兼、超一流変態ゲールと、文月島で最強を謳われるモンスター・レッドドッグの間に生まれた、ハーフの少女――キャロルは微笑んだ。
道を教えてくれた男性にぺこりと頭を下げ、教えられた道を歩いていく。
「リュウさまのお宅は地図に頼らなくても、葉月島の人々はみんな知っているから楽ね。調べたところによると、今日はブラコンのリンさんランさんのお誕生日…。みなさまでお祝いしているのかしら?」
ふふ、と笑ったキャロル。
持っているバッグの中を覗き込む。
「まずは双子さんから始末……と」
シュウ宅のリビング。
バレンタインデーから一週間目の今日は、リンとランの誕生日パーティーが行われていた。
「リン・ラン! いーーーー加減に例の写真よこせえぇぇええぇぇええぇぇえっ!!」
「あっ、兄上のゾウさんの鼻パォォォォォン写真はわたしたちへの誕生日プレゼントなのだああぁぁああぁぁぁああっ!!」
「ふっ、ふざけんなああぁぁああぁぁぁあぁぁぁあっ!!」
リン・ランを追い掛け回しているシュウに、シュウから逃げ回っているリン・ラン。
そんな騒がしいリビングの中、サラはリュウのグラスにウィスキーを注いでいた。
「はい、親父♪」
「おう、ありがとなサラ」
と、嬉しそうに言ってウィスキーのグラスを傾けるリュウ。
ここ最近、機嫌が良い。
バレンタインデーの次の日からサラがよく寄ってくるから。
(レオ兄からホワイトデーに婚約指輪をもらったあとに待ってるのは、親父っていう難関だからね。今のうちに機嫌取っておかないと)
と、サラは心の中で苦笑する。
サラがレオンから婚約指輪をもらえるかもしれないということを知っているカレンも、リュウの機嫌を取っている。
「リュウさまったら、サラにとぉーっても愛されてますわね♪」
「おうよ」
「サラはきっとお嫁にいっても、リュウさまを一番愛されるのでしょうね♪」
「まーな。つか、嫁にやらねーけどな」
「あら、それはいけませんわよリュウさま? だってサラは一番リュウさまの性格を継いでいるのですもの。ぜひともサラにリュウさまの子孫を残してもらわなければ!」
「うーん…、まあそれも…、うーん……」
と悩んだ表情を見せるリュウを見て、カレンとサラはちらりと目を合わせて心の中で笑う。
(この調子だと、アタシの方は何とかなりそうかも。心配なのは…)
と、走り回っているシュウと、傍らにいるカレンを見つめたサラ。
(キャロルが余計なことしてこなければいいけど……)
曇ったサラの顔を見て、リュウがサラを膝の上に抱っこした。
サラの顔を覗き込んで訊く。
「どうした、サラ? 父上に話してみろ」
「……ねえ、親父。レッドドッグってさ、どんな魔法使うんだっけ」
「レッドドッグなら、癒し中心だぞ?」
と、口を挟んだのはグレルである。
リュウの隣に座っていたグレルの顔を見て、サラは鸚鵡返しに訊いた。
「癒し?」
「おう、癒し」
「攻撃魔法は?」
「ねーぞ? 戦うときは爪と牙だ」
「ちなみにゲールさんは?」
「ああ、あいつなら」とリュウが口を挟んだ。「魔法使ってんの見たことねーな。でも魔法に対する防御たけーし、魔力あるから魔法も一応持ってんだろうな。攻撃魔法じゃねーやつ」
それを聞いて、サラは少し安堵した。
(ってことは、キャロルは攻撃魔法なし、見た目も弱そう。とりあえずカレンが危ない目に合うことはないかもっ…)
ついにシュウに掴まったリン・ランが泣き出す。
「ふっ、ふにゃああああああん! ごめんなさいなのだ兄上ええええええええええっ!」
「兄ちゃんに例の写真全部返すな!?」
「かっ、返しますなのだああぁぁああぁぁぁああぁぁああぁぁあっ!!」
「よし」
と言い、席に着いたシュウ。
ピンポーン…
と音がし、リン・ランに言う。
「あ、リン・ラン。誰か来たから出てきてくれ」
「はいなのだ、兄上っ!」
涙を拭い、玄関へと駆けて行ったリン・ラン。
一緒にドアを開ける。
「はいですなのだー?」
「こんにちは」
「――!?」
そこに立っている客の顔を見るなり、ドアを閉めたリン・ラン。
(な、何故キャロットさんが…!?)
困惑する。
(違うぞ、キャロブさんだぞ…!)
ドアの外からキャロルの声が聞こえてくる。
「わたしの名前はキャロルですよ?」
「!? わ、分かってますなのだ…!(ま、間違ってたぞ…)」
「リンさんランさん、お誕生日おめでとうございます」
「な、何故それを…!?」
「有名なリュウさまご一家のことなど、文月島まで伝わっているものです」
「そ、そうでしたかなのだっ……」
「わたし用があって今日と明日、葉月島にいるのですが…。どうせならと思ってご挨拶に来ました。リンさんランさんにお誕生日プレゼントも買ってきたのですが…。…あの…、開けてくれませんか?」
「…え…ええと…」
リンとランは困惑しながら顔を見合わせた。
小声で相談する。
「ど、どうしようなのだラン」
「ど、どうしようなのだリン」
「キャロットさんのこと、兄上に会わせたくないぞ…!」
「キャロブさんが来たこと、兄上に教えたくないぞ…!」
「どうすればキャロットさん帰るのだっ?」
「どうすればキャロブさん引き返すのだっ?」
キャロルが言う。
「あの…、わたし時間がないので…。良かったらプレゼントだけでも受け取っていただけませんか?」
「えっ?」と、声をそろえたリン・ラン。「そ、そうでしたかなのだっ…! 時間がなかったでしたかなのだっ…! すみませんでしたなのだっ…!」
と、ドアを開ける。
すると、キャロルがプレゼントを出して待っていた。
小さな袋だ。
リン・ランに差し出す。
「お誕生日、おめでとうございます」
「あ、ありがとうですなのだっ…」と、戸惑い気味にプレゼントを受け取るリン・ラン。「こ、これは……?」
「文月島で流行ってるキャンディーです。目を瞑って好きな人の顔を思い浮かべながら食べると、好きな人と結ばれると言われているのですよ?」
「お…おおーっ」と、思わずリン・ランの声が高くなった。「本当だったらすごいぞーっ」
「単なるおまじないですけどね。でも中には本当に好きな人と結ばれたという方もいるので、運の良さがかかっているのかもしれませんね」
「おおーっ」と、さらに高くなったリン・ランの声。「願いが叶った人もいるのですかなのだーっ」
「はい。わたしの友人なのですが」
「おおーっ、すごいですなのだーっ」
「はい、羨ましいです。わたしは…」と、悲しそうに顔を伏せたキャロル。「願いが叶いませんでしたから…」
「……」
リンとランは顔を見合わせた。
キャロルがシュウのことを好きだということは知っている。
だからきっと、シュウの顔を思い浮かべながらキャンディーを食べたのだろうと思う。
(ちょ、ちょっと可哀相なのだっ…。な、何て言ってあげればいいのだっ…!)
キャロルへの慰めの言葉を、あれやこれやと慌てて考えるリン・ラン。
そんな2匹に向かって、キャロルが微笑んだ。
「リンさんランさんに、ご幸運が舞い降りますように」
「…あっ…ありがとうですなのだっ…」
「では、わたし用がありますのでこれで…」
と頭を下げ、去っていくキャロル。
その背を見送ったあと、リン・ランは玄関のドアを閉めた。
手元のキャロルからのプレゼントに目を落とす。
「…わ…わたしたちの願いは叶うと思うかっ? ラン…」
「…わ…わたしたちの願い、叶いますようになのだっ、リン…」
顔を見合わせ、うんと頷いたリン・ラン。
プレゼントをポケットの中へとしまい、リビングへと駆けて行く。
「兄上ーっ!」
「どうしたリン・ラン。遅かったな」
「新聞の勧誘でしたなのだ。断るのに苦労したぞーっ」
「そ、そうか大変だったな。親父がいるうちにしつこく勧誘とは何とチャレンジャーな…」
「それじゃわたしたち、学校の宿題があるから部屋に戻るのだ」
「へ?」
とシュウがぱちぱちと瞬きをしているうちに、自分たちの部屋へと駆けて行ったリン・ラン。
本日の主役がいなくなったリビングで、シュウは苦笑する。
「おーい、兄ちゃん誰のために料理頑張って作ったと思ってんだー…」
「めずらしいわね、リンちゃんランちゃん」と、カレン。「そんなに宿題がたくさん出されたのかしら」
「それでも…」マナが口を挟んだ。「リン姉ちゃんラン姉ちゃんなら、時間かからないはずだけど…」
「アレじゃないのー?」とサラがにやりと笑う。「兄貴のゾウパンツ写真を見つからないところに隠してるとか」
「なっ、何ィ!?」
声を裏返して立ち上がったシュウ。
リン・ランの部屋へと向かって駆けて行き、
「ゴルァァァァァァァァァっ! リン・ラァァァァァァァァァァァァァンっ!!」
バンっ!
とリン・ランの部屋のドアを開けた。
「おまえら兄ちゃんの鼻パォォォォン写真を隠――」
シュウは言葉を切った。
困惑する。
「なっ…、何泣いてんだよおまえらっ?」
呆然として立っているリン・ラン。
黄金の瞳から、大粒の涙がいくつも伝っている。
「ど、どうした? おい、リン・ランっ? な、なんだっ? そんなにゾウの鼻パォォォォン写真を持ってたいのかっ!? う、うーん…、でも流石にあれは兄ちゃんの一世一代の赤っ恥かもしれなくてっ…! そ、そうだリン・ランっ! ゾウパンツ穿いてないバージョンの写真なんてどうだっ? 脱いだらパォォォンじゃなくなるけど! ――って、ぎゃあああああああっ! 今の忘れて今のっ! ノーパンでモロ出しは駄目だろオレっ……!!」
「兄上っ…!」
「んっ? なん――」
ズドドドドドドっ!
とシュウの身体目掛けて、マシンガンのようにぶっ放された氷の結晶。
「いでででででででででっ!?」
と廊下まで吹っ飛ばされたシュウ。
閉められたドアを見ながら、仰天して声をあげる。
「おっ…、おまえら急に何しやがるっ! 家の中で魔法を使うんじゃないっ! っていうか、兄ーーーーーちゃんがそんなに憎いのか!?」
「…きっ…!」
「えっ?」
「嘘吐きっ…! 兄上の嘘吐きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
とドアの向こうでわんわんと泣くリンとラン。
シュウ、狼狽。
「うっ、嘘吐きって…! だ、だっておま…! 兄ちゃんマッパでしかも一部に異変起きてたら変態じゃねえかよっ……!?」
「嘘吐き嘘吐き嘘吐き! 兄上なんかっ…! 兄上なんか、もう信じられないのだあぁぁあぁぁぁああぁぁああぁぁあっ!!」
「え…えぇっ!?」シュウ、衝撃。「お、おい、リン・ラン…! 兄ちゃんさっきは嘘吐いたわけじゃっ……!」
「大嫌いっ…! 兄上なんか、大嫌いっ!! 大っ嫌いなのだああぁぁああぁぁああぁ――」
「わ、分かった! 分かった落ち着けリン・ラン! いっ…、今脱ぐからっ……!」
と、2階の廊下をきょろきょろと見渡して誰もいないことを確認するシュウ。
急いで服を脱いでいき、
「…う…」パンツ一丁になったところで躊躇する。「…あ…あの…、パンツは遠慮していただきたい…んすけど……?」
「うっ、嘘吐きぃぃぃ――」
「あああああ、はいはいスミマセンーーーっ!」
と、慌ててパンツも脱ぎ捨てたシュウ。
ごくりと唾を飲み込む。
「…そ…それで、あの…、一部に異変起きさせないと駄目っすか……!?」
「ふにゃああぁぁああぁぁああん!」
「ええスミマセン駄目ですよねハイ。……で、でも、ちょ…、ど、どうしよ…。こ、こうなったら裸リボンのカレンを思い浮か……。…うっ、エロっ……!」
「何してんの兄貴」
「――って、ぎゃあぁああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁあっ!?」
シュウ、絶叫して股間を両手で隠す。
振り返るとそこには目を丸くしているサラ。
そしてカレン。
「ちょ…、シュウ……?」
「カっ、カレンこれはあぁぁ…!」
と、慌てて服を身に着けながら状況を説明したシュウ。
話を聞き終わったサラが腹を抱えて笑う。
「あーーーっはっはっはっは! あっ、兄貴っ、それ絶対違うって!」
「えぇっ!?」
「マッパで何してるかと思いきやっ……! あーーーっはっはっはっは! もうちょっと遅く来れば面白いもんが見れたねっ!!」
「うっ、うるせえうるせえうるせえっ!!」
と首まで赤面し、シュウが顔を隠すようにして蹲った。
「ああもう、おっかしーーーっ!!」
と、サラは廊下で笑い転げ。
カレンは苦笑しながらリン・ランの部屋のドアをノックした。
「リンちゃん、ランちゃん? どうしたの?」
「嫌いなのだっ…!」
「え?」
「兄上なんか、大嫌いなのだっ! ずっとずっとわたしたちに嘘を吐いていたのだっ!」
「嘘?」カレンは眉を寄せた。「シュウがリンちゃんとランちゃんに?」
「本当はわたしたちのこと、大切になんか思ってなかったのだっ!」
カレンがさらに眉を寄せると同時に、シュウが顔をあげ、サラの笑い声が止まった。
3人顔を見合わせる。
今、リン・ランがとてもおかしいことを言った。
シュウは立ち上がると、ドアに近づいた。
戸惑いながら訊く。
「おい、リン・ラン? 今の何だよ? 兄ちゃんがいつそんなこと言ったよ…?」
「聞いたのだっ…!」
「聞いた?」
「兄上の心の中の声、聞いたのだっ…!」
「は…?」
「兄上の本心を聞いたのだっ! 兄上なんかっ…! 兄上なんか、大嫌いっ! 大っ嫌いなのだあぁぁああぁぁああぁぁぁああっ!!」
部屋の中で、大声で泣き喚くリン・ラン。
シュウとカレン、サラの3人は再び顔を見合わせる。
互いの困惑した顔を見ながら声をそろえた。
「何が…起きて……?」
葉月町を歩いているキャロル。
猫モンスターやそのハーフばかりのこの町で、犬耳は人目を引く。
本来、猫モンスターと犬モンスターは犬猿の仲。
度々威嚇されるが、キャロルはどうでも良さそうだ。
牙を向き尾っぽの毛を逆立てている猫モンスターの脇を通りすぎ、キャロルは短く笑った。
「ふふ。そろそろ双子さんの始末は完了…かしら。次は……」
キャロルの頭にカレンが浮んだ。
だが、首を横に振る。
(その前に、もう一匹邪魔な猫がいるわ。彼女はライバルというわけではないけど、始末しておいた方が良さそう。まあ、次に葉月島に来たときになってしまうけど…。ってなると次は来月ね……)
と、苦笑するキャロル。
(テスト前はママがうるさくて困るわ…。明日買い物を終えたら、すぐに文月島帰らなくちゃ)
地図を取り出して宿泊先に向かって行った。
「ええと、大切な薬の材料が売ってるお店の近くにあるホテルだからー……」
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