第100話 ベストバカップルコンテスト 前編


 毎年バレンタインデー恒例らしい『ベストバカップルコンテストIN文月島文月町4丁目の文月公園』。
 といっても、去年までは『ベストバカップル』ではなく、『ベストカップル』だったらしいのだが。

 参加希望カップルが規定の数を越えていたため、審査が行われることに。
 審査員の前へとやってきたシュウとカレン、リュウ、キラ、サラ、マナ、レナ、レオン、グレル、ミヅキ。

 5つ作られたステージのうちの1つに顔を向けている。

 そこにはどうやらこのコンテストの優勝をずっと掻っ攫っているらしい夫婦。
 女の方はレッドドッグ――文月島で最強を歌われる犬モンスター。

 そして男の方は、文月ギルドのギルド長兼、超一流ハンター兼、超一流変態の、ゲールだった。

 それを見た一同は『ベストカップル』から『ベストバカップル』になった理由を理解し。

 そして驚愕。

「な、なあ親父、ゲールさんて結婚してたのかよ!?」

 と、シュウ。
 リュウが顔をしかめて言う。

「そんなの知らねーぞ、俺」

「あれじゃないの、リュウ」と、レオンが溜め息を吐いた。「あの人からの電話、仕事以外の用事なら即切るからじゃないの」

「あー、それでか」と納得したリュウ。「で、ドMのゲールの妻ってことは、あの赤犬……」

 ドSか…。

 とゲールの隣にいるレッドドッグの女を見つめる一同。

 ゲールに続き、彼女がこちらに振り返った。
 笑顔で頭を下げる。

 それに続いてシュウたちも頭をさげた。

「美人じゃん」と、驚いたようにサラ。「スタイルもいいし。ドSには見えないけどドSなんだろうね、あの赤犬」

「ああ、間違いねえ」

 と、リュウ。

 ゲールの妻の声が人間の耳には微かに、猫耳にははっきりと聞こえてくる。

「お世話になってんだから頭くらい下げなアンタっ!!」

 バリィっ!!

 と犬の爪で頬を引っかかれ、ゲールが妻に返り血を浴びせながらステージの上に横たわる。
 その表情、恍惚。

「ほらな、ドSだろ」

 と、リュウ。
 一同、同意。

「ん…?」

 リュウは眉を寄せた。
 ゲールが誰かに向かって手を振っている。

 その視線を追っていくと、

「――オイ、あいつ娘もいんのかよ」

 リュウの目が丸くなると同時に、一同驚愕。

「お、おい親父!? どこ娘は!?」

「アレだよ、アレ。赤犬の耳の生えたやつ」と、リュウが指を差す。「間違いねえ。前髪あげたときに見えるゲールの目にそっくりだぜ」

 リュウの指した方向へと顔を向ける一同。
 さらに驚愕。

「うっわ! 美少女かよ! オレのカレンには劣るけど!」

「ゲールも前髪をあげると整った顔立ちをしているからな」

「あ、ああそういえばそうなんだっけ、母さんっ…!」

「うむ。驚きかもしれないが事実だぞ」

「つか、結構でけーぞ。うちのサラやリン・ランと同じくらいじゃねーの」

「たしかにそうですわね、リュウさま」とカレンが頷いた。「あたくしやサラと同じ16歳くらいに見えますわ。…あっ、こっち向いた!」

 ゲールの娘だろう赤犬ハーフの美少女が、にっこりと笑って頭を下げる。
 シュウたちも続いて頭を下げる。

(中身はどっち似なんだろう…)

 そんなことを考えながら。
 そこでようやく、待っていた審査員が苦笑しながら口を開いた。

「ええーと、そろそろ審査に入っても大丈夫でしょうかね?」

「おっと」

 そうだった。

 と、審査員の方を向いたシュウとリュウ。

(落ちちまうよな、バカップルの審査なんて…)

 そんな心配を感じながら続ける。

「どうぞ」

「では審査を始めますね。審査の質問は男性の方にさせていただきます。それで私に『バカップル』だと認められれば合格となります。結構厳しいですよ、私は。頑張って下さいね、皆さん」

 うんうんと頷くシュウとリュウ。

(ああ…、落ちる……)

 と確信した。

 ――のだが。

「リュウさまは奥様、シュウくんは彼女の、どんなところに惚れましたか?」

「全部っ……!」

 シュウとリュウ、それはもう顔を恍惚とさせながら即答した。
 リュウ、シュウの順に続ける。

「愚問だぜ審査員。こんな絶世の美女で中身も可愛くて巨乳で夜には俺がゾクゾクするよーなイイ声出す女なんて他にいねえ。ちなみに最大の萌えポイントは猫耳とつやっつやの尾っぽだ。おまえこんな美しい尾っぽ他に見たことあっかー? キラの尾っぽのブラッシングが俺の日々楽しみにしている日課だぜ。ああでも、それ以上に楽しみにしてる日課は1日最低5発ヤることだ。5発目あたりからの泣き声なんて、もうたまんねーの」

「あはは! なーに面白いこと訊いてんすか審査員さーん! カレンのどこに惚れたかなんて、ちょっと見れば分かることじゃーん! こおおぉぉぉぉぉんな可愛い女の子、他にはいないでしょ? 見てくださいよ、このプニプニほっぺ! 気持ちいーんだコレが! それから二の腕と太股も! 赤い髪も可愛いでしょ、赤毛の○ンみたいで! ああでも、もちろん○ンよりカレンの方が何百倍も可愛いっすけど! え? 見りゃ分かる? そうですよねすみません、あはははは。あとあと! オレ的最大萌えポイントはこのカレンの小さな手! 子供みたいな小さな手! ああもう、かぁーーーわいぃん……(ハート)」

 シュウとリュウの審査の結果は。

「はい、お2人とも文句なしの合格でーす!」

「――何ィっ!?」

 シュウとリュウ、驚愕。

「なっ、何故だ…! シュウは惚れた欲目でバカもろ出しだったが、俺は正直に答えただけだというのにっ……!」

「なっ、何故だ…! 親父の合格は誰が見ても分かったことだけど、オレは決してバカなことは言ってねーぞっ……!」

「――って…!?」

「――って…!?」

 お互いの顔をみたシュウとリュウ。

「んだと!? バカはそっちじゃねーかっ!!」

 喧嘩の開始。

「……。ねえ、レオ兄」

「……。何? サラ」

「バカすぎて突っ込めないんだけど」

「うん、僕もだよ。でもとりあえず…」と、レオンが苦笑した。「リュウとシュウに倣って、『全部っ……!』って答えれば僕たちも何とか受かりそうで安心したよ」

「えっ!?」と声をあげたミヅキ。「それはあのバカ面付きでですか!? レオンさん!?」

「いや、うん…。僕も気が進まないんだけど、そうしないと落とされそうじゃない?」

「……た、たしかに」

 ごくりと唾を飲み込み、覚悟を決めたレオンとミヅキ。
 審査員が近づいてくると、同時に口を開いた。

「サラ、ちょっと後ろ向いてて」

「レナちゃん、ちょっと後ろ向いてて」

 そしてサラとレナが背を向けると、レオンとミヅキは審査員の質問に答えた。

「全部っ……!」

 とシュウとリュウに倣って、顔を限界までウットリとさせながら。
 正直、恥ずかしかった。

 ちなみにグレルは何の恥ずかしげもなく、レオンとミヅキに続いた。

「全部だぞーっとっ♪」

 そしてシュウとカレン、リュウとキラに続いて、サラとレオン、マナとグレル、レナとミヅキも無事に合格することができた。
 
 
 
 そして始まった『ベストバカップルコンテストIN文月島文月町4丁目の文月公園』。
 審査を通ることが出来たカップルは全100組。

 ゲール夫妻のいる大きなステージの左右に2つずつ並ぶ、小さめのステージ。
 まずはそれらに25組ずつ分けてクイズが出される。

 エントリーナンバー1番のリュウとキラ、2番のシュウとカレン、3番のサラとレオン、4番のマナとグレル、5番のレナとミヅキは、ステージAにいた。
 女は用意されている椅子に座り、その後方に男が立つ形で、全25組のカップルが横一列に並ぶ。

 その下の観客席には、ミラとリン・ラン、ユナ、ジュリ、リンク一家が応援として最前列に座っていた。

「皆まかせたでえぇぇ! おれら一家を救っとくれやあああぁぁぁあ!」

「キラァァァァァァァ! がんばるのだあああああああっ!」

「リュウ兄ちゃんとシュウくんにめっさ期待しとるからなああぁぁぁあっ!」

 必死なリンク一家。
 それを見てリュウが溜め息を吐いた。

「うるせーなあ、あいつら。静かにしろっつの」

「オレはそんなことより、リンクさんの隣に座ってる子が気になる……」

 と、眉を寄せながらシュウ。
 リュウもそちらに顔を向け、眉を寄せた。

「何でゲールの娘が観客席の最前列にいんだ?」

「ゲールさんがこのステージにいるわけじゃねーのに、あの子何でいるんだろ。このステージAに人がいっぱい集まってるから、ヤジウマ気分でかな」

「俺たちの中に目当てでもいたりしてな」

「ゲールさん似でドMだったら親父が目当てだろうな」

「師匠でもいいだろ、天然バカだが怪力だし。母親似でドSだったらシュウか?」

「なっ、何でオレなんだよ!? オレMじゃねーよっ!」

「だってホラ、おまえいじると楽しいだろ?」

「ひっ、ひでええええっ!」

 カレンが溜め息を吐きながら振り返った。

「何を騒いでいるのよ、シュウ。そろそろ始まるみたいですわよ?」

「えっ? あっ、本当だっ……」

 ステージに司会者の男性が上ってきたのを見て、シュウは慌てて口を閉ざした。
 司会者がこほんと咳払いをしてからマイクを握る。

「それでは始めましょう! ベストバカップルコンテストIN文月島文月町文月4丁目の文月公園ーーーーーっ!!」

 パァーーーン!

 とステージ脇から巨大なクラッカーが発射すると同時に、盛り上がる観客席。
 ゲールの娘は胸の前で小さく拍手している。

 どうしてもゲールの娘が気になって目が行ってしまうシュウ。

(本当、何でソコにいるんだろ。にしてもSには見えねーから、Mか? じゃあ親父かグレルおじさん目当てかな)

 ゲールの娘と目が合った。
 にっこりと微笑むゲールの娘。

 シュウも軽く笑顔を返した。

(まじで可愛い子だよなあ、カレンには劣るけど)

 リュウが小声でぼそりと言う。

「やっぱシュウ目当てじゃねーの」

「まさか」

 とシュウも小声で返したとき。
 司会者が再び口を開く。

「では簡単にルール説明をしたいと思います。このステージでは、彼氏・彼女、または旦那様・奥様に関するクイズを79問出します。彼女または奥様に関するクイズの場合は、彼氏または旦那様にマイクを向けるので口でお答えください。一方、彼女または奥様は正解をボードに書いてくださいね。クイズは徐々に難易度が上がっていき、間違えたカップルは失格となります。79問目を正解することのできたカップルだけが最終ステージに進出できるので、見事審査を突破してきたバカップルの皆さま! 頑張って下さい!」

 そして始まるクイズ。

「では第1問! まずは基本的なことから! 彼女・奥様の身長は? はい、彼女・奥様ボードに正解をお書きくださーい」

 女たちがマジックペンを動かしている間。
 シュウは再びちらりとゲールの娘を見た。

(……何でオレの方見てんだろ)

 シュウと目が合い、まだゲールの娘が微笑む。
 リュウが溜め息を吐いた。

「おまえ浮気すんなよ、シュウ」

「しっ、しねえ――」

「はい、女性の皆さん正解を書き終わりましたね!」

 と、司会者。
 シュウは慌てて口を閉ざした。

「ではエントリーナンバー1番! もはや知らない者はいない! リュウさま・キラさまご夫妻から聞いていきましょう!」

 観客席から飛んでくる声援。
 リュウの口元に近づけられるマイク。

「はい、リュウさま。お答えをどうぞ!」

「155」

「正解!」

 沸き起こる歓声。
 シュウ、苦笑。

(何でこれしきのことで歓声が……)

 シュウの方へと近づいてくるマイク。

「では2番の美少年シュウくん・美少女カレンちゃんカップルに行きましょう! シュウくん、お答えをどうぞ!」

「あ…、はい。152」

「正解!」

 飛び跳ねるリンク一家の傍ら。
 ゲールの娘が拍手した。

(あれ……?)

 シュウ、心の中で首をかしげる。

「次、3番のまるでモデル同士のようなレオンさん・サラちゃんカップル! レオンさん、お答えをどうぞ!」

「169です」

「正解!」

 ゲールの娘は拍手しない。

「次、4番・驚きの年の差、グレルさん・マナちゃんカップル! グレルさん、お答えをどうぞ!」

「158だぜーっと♪」

「正解!」

 拍手しない。

「次、5番のなんとも可愛らしいミヅキくん・レナちゃんカップル! ミヅキくん、お答えをどうぞ!」

「158です」

「正解!」

 拍手しない。
 6番以降のどのカップルが正解しても、拍手しない。

 リュウが言う。

「やっぱりおまえ目当てじゃねーか」

「んなわけねーよ」

「おまえ本当ニブいな。次の第2問のときも見てろよ。ゲールの娘、ぜってーおまえが正解したときだけ拍手すんぞ」

「んなバカな」

 と、思うシュウだったのだが。

「では第2問のお答えをどうぞ! リュウさま、奥様のブラのカップは?」

「F」

「正解!」

 拍手しない。

「シュウくん、お答えをどうぞ」

「え、えと、C…」

「正解!」

 拍手した。

「レオンさん、お答えをどうぞ」

「Eです」

「正解!」

 拍手しない。

「グレルさん、お答えをどうぞ」

「Bだぞーっと♪」

「正解!」

 拍手しない…。

「ミヅキくん、お答えをどうぞ」

「Bです」

「正解!」

 拍手しない……。

(な…なんで???)

 心底疑問に思うシュウ。
 じっとゲールの娘を見つめる。

 ゲールの娘が微笑む。
 そして小さくシュウに手を振った。

 首をかしげながら、とりあえず手を振り返すシュウ。

 リュウが深く溜め息を吐いた。

「変なのに好かれやがって……」

「へ、変なのって――」

「変だろ、ドMとドSの間の娘なんだから」

「じゃ、中間取ってドN……ド・ノーマルかもっ…!」

「ねーな」と、リュウがもう一度溜め息。「ったく、厄介なことになりそうだぜ」

「な、なんだよソレ…?」

 ぼそぼそと喋っているシュウとリュウ。

 カレンが顔を傾けて、ちらりとシュウを見た。
 そのまだ振っていた手を見て首をかしげる。

(誰に振ってるのかしら)

 と、観客席に顔を向けたカレン。
 最前列で小さく手を振っているゲールの娘を見つける。

(何…? あの子、シュウのファン……?)

 カレンの隣に座っているサラが溜め息を吐いた。

「はぁ…。ライバル出現だね、カレン」

「えっ?」

 と、サラに振り返ったカレン。

「一応、うちの親父が世話になってるとも言えるゲールさんの娘…。普通のファン相手とは違って、兄貴シカト出来ないだろうし…。あの子、親が親だから色々すごそうだし…。いやーな予感するなあ……」

「……」

 カレンは戸惑いながらゲールの娘に目を戻した。
 ゲールの娘の目もシュウからカレンに移る。

 そして、カレンににっこりと笑顔を向けた。

 その笑顔の意味は。

(ライバル宣言……ですわ!)
 
 
 
 
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