プロローグ
それは鈴木隆志(満15歳)が、世間から見たら少し早いだろう一人暮らしを始める前日のことだった。自分の部屋の荷物も引っ越し屋に渡し終わり、リビングルームで茶をしている両親の傍らで携帯型ゲーム機で遊んでいた隆志に、母・隆子が突然こんなことを言った。
「ねぇん、隆志?」
「何、超が付くほどドジな母さん? 湯のみ倒してお茶こぼしたのなら、自分で布巾持ってきてね」
「まだこぼしてないわよぉん」
「じゃー何?」
「あなたが明日から約3年間暮らすアパートのお部屋、『いわく付き』だからよろしくねぇん☆」
と隆子にウィンクを飛ばされた隆志は、ゲームを一時中断。隆子の方を向き、耳を疑いながら鸚鵡返しにする。
「『いわく付き』……?」
「ええ」
と隆子がにっこりと笑いながら頷くと、父・正志が「ああ」と声を高くして口を挟んだ。
「それで隆志の部屋の家賃はあんなに安いのか。いやあ、流石母さん、いいところを見つけて来たね。助かるよ」
と正志もにこにこと笑うが、それがどういうことか察した隆志の顔には恐慌の色が浮かぶ。
「な、何がいいところだよ父さん…!? だ、だって『いわく付き』ってアレでしょう…!? 幽霊が出るとか、昔殺人事件があったとかいう、アレでしょう……!? じょ、冗談じゃないよ! だから僕は、母さんに部屋選びを任せるのは嫌だったんだ!」
「やーねぇん、そんな怖いところじゃないわよぉん。失礼しちゃうわぁん」
と、子供みたいにプゥっと頬を膨らませた後、隆子が「あのね」と続けた。
「そこのアパート、近所の人から『ドールハウス』って呼ばれてるんですってぇん」
「どーる…は…うす……?」
とあまり聞き慣れない言葉に眉を寄せた隆志だが、ふと、それを昔隣の家に住んでいた幼馴染の女の子が持っていたことを思い出した。ドールハウス――人形の家を。
「そう、ドールハウス。といっても、別にとても小さい家とか玩具みたいな家とか、そういうんじゃないわよぉん?」
だったら何故ドールハウスなのかと隆志が訊く前に、隆子が続ける。
「隆志の部屋の上の人がお人形さん持ってるらしいんだけど、それが動いてるって噂なのよぉん! 耳をすませてるとね、上から人間でもない動物でもない軽い足音が聞こえてくるとか! きゃあぁぁあぁぁあっ、可愛いわぁぁぁぁぁん!!」
「いやそこは、怖いわぁぁぁぁぁん、でしょう!?」
と、はしゃいでいる隆子に突っ込みつつ、隆志は戦慄を覚える。常人の隆志にとって人形が動くだなんて、どんなホラー映画の世界だ、という感じである。引っ越し屋に渡した荷物は明日そこのアパートに届くし、高校入学式まであと2日という現在になって他に良い部屋を探すのは難しいだろう。よって、少なからずその部屋で暮らさないといけないのだ。テレビでホラー映画なんてやっていたら、一秒と経たずにチャンネルを変えるほど苦手な隆志なのに。
でも――、
「あん、やっちゃったわぁん☆」
隆志が命の次に大切にしていた携帯型ゲーム機に、熱い茶を豪快にぶっ掛けるような隆子がいるこの実家はもっと怖い。
「ぎゃあぁぁああぁぁあ! 僕のヌンテンドーBSがぁぁああぁぁあぁぁああーーーっっっ!!」
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