第4話 捨て人形 前編


 入学式が終わった途端、隆子と唯は「遊びに行って来る」だなんて言って、振り出した雨の中を2人仲良く相合傘で駅のある方へとスキップしながら消えてしまい、残された隆志と舞は苦笑するしかない。

「ねえ…、隆志。ママたち、あたしたちの入学式なんて全然見てなかったよね、絶対……」

「うん…、ずっと喋ってたっぽい……」

 そんな母親たちに、隆志と舞は深い溜め息を吐く。

「帰ろうか、舞……」

「うん、隆志……」と手元に目を落とした舞は「あれっ?」と驚いて声を上げた。「ママ、あたしの傘持って行っちゃった! もーっ、雨が降っても脚の筋肉盛り上がらせてダッシュすれば1分で家に着くから傘なんていらなぁーいとか言ってたクセにぃぃぃぃぃっ!」

「ああ、ごめん…。せめて僕の母さんも傘持って来てたなら良かったんだけど…。きっと玄関に傘用意しておきながら、持ってくるの忘れたんだな……」と言いながら隆志は再び溜め息を吐き、手に持っていた傘を広げた。「……入る?」

 なんて訊きながら、少し照れて目を逸らす。舞と相合傘なんて、子供のとき以来だ。

「うん、ありがと隆志」

 と笑った舞が、隆志に寄り添うようにして傘に入った。雨の中、舞の歩く速度に合わせて歩きながら、隆志の鼓動が少しあがる。3年前より自分の身体が筋肉質になったのか、それとも舞の身体が女っぽくなったのか、はたまたそのどちらもか、腕にたびたび触れる舞の肌がとても柔らかくて、異性であることを意識させられる。

「ねえ、隆志?」

「……ん?」

「背、伸びたね」

「あ…、うん……。でも普通だよ。170cmくらいだし」

「そっか、あたしよりも8cmも大きいんだ。3年前はちょっとしか目線変わらなかったのにな。すーっかり、男の子なのぉー」

 斜め下から舞の視線を感じ、ドキッとした隆志は舞がいる反対方向へと目線を逸らす。

「な…なんだよ? 当たり前だろ、僕は男なんだからっ……」

「別に、文句があるとか悔しいとか、そういうんじゃないよ?」

「じゃ、じゃあ、何?」

「ちょっと、恥ずかしいっていうか……」

 と呟いた舞の言葉は、雨音で隆志の耳には聞こえなかった。「え?」と隆志が舞に耳を寄せると、「なんでもない」と言って隆志から顔を逸らした舞。目線の先に、見覚えのある駐車場が目に入った。ちょっと遠くを見ると、そこには隆志のアパートがある。

「あ……、そっか。もう着いたんだ。隆志のアパートって、本当に学校から近いね」

「うん。母さんに部屋選び頼むことになっちゃったんだけどさ、そのときに『何よりも学校から近いところ』って言ったから。そしたら『いわく付き』を選ばれちゃったってわけ……」

 と苦笑する隆志を見て、舞が笑った。

「ラッキーだったよね、隆志。越前先生いわく、ここって『いわく付き』じゃないみたいだし。家賃安いんでしょ?」

「まあ、家賃はずいぶん安いみたいだけど……。舞、越前先生の言ったこと完全に信じてるんだ。越前先生のこと、好きだから?」

「好きだなんて言ってないじゃん。そりゃ、越前先生はカッコイイけどぉ」

「どーせ一目惚れしたんじゃないの? 舞は昔っから面食いだし」

「そうだけど、一度も付き合ったことないよ、あたし。引っ越してからもカッコイイ人いたけど、友達止まりだったもん」

「あれ、そうなんだ?」

 と、さも意外そうに訊いてきた隆志から、少し剥れて顔を逸らした舞。

「相変わらず、ニブチンなのぉ」

 と小さく呟いて、隆志のアパートの駐車場に足を踏み入れた。その呟きが隆志には聞こえなかった一方で、

「そっか…、そうなんだ……」

 と言いながら舞の後を追って再び傍らに並び、安堵の笑みを浮かべた隆志の顔を、舞は見ていなかった。

「ところで舞、僕の家に寄って行くの?」

「ヒマだから特別ぅ」

「ああそう…。アリガトウゴザイマス、お姫様……」

 と苦笑したあと、舞から前方へと顔を移した隆志。その途端アパートの階段前に何かが置いてあるのを見つけ、ふと足を止めた。よく見るとダンボールのようだ。
 同時に足を止めた舞が、首を傾げて訊く。

「隆志。何、アレ?」

「ダンボール……」

「そりゃ見れば分かるけどぉ。……もしかして、捨て犬とか猫とか!? サイッッッテー!」

 そう憤怒して声を上げるなり、舞が傘から飛び出してアパートの階段の前に置いてあるダンボールへと駆けて行った。

「ちょ、濡れるよ舞!」

 と、慌てて舞の後を追った隆志。ダンボールの中を覗き込んで舞が「きゃあっ」と歓喜の意味で声をあげた一方、隆志はダンボールの中を覗き込んだ途端、「うわっ」と驚愕して飛び退り、濡れた地面に尻餅をついた。

「見て見て、隆志! チョー可愛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 と染まった頬を両手で押さえながら絶叫し、エビゾリになって倒れてきた舞の身体を、膝を曲げた両脚の間でキャッチした隆志。目の前1.5メートル先にあるダンボールを顔面蒼白して見つめながら突っ込む。

「よ、喜ぶとこじゃないしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーっっっ!?」

「なんでぇ?」

「なんでぇって、だって…! だって、だって……!」

 だってだってだって、

「何で人形が捨ててあるんだよ、2体も!」

 しかも、ここ――『ドールハウス』と呼ばれるアパートの前にだ。虎之助の言葉を信じて安心し掛けていたが、一気に覆された。偶然というには不自然すぎる。

「やっぱりここのアパート、『ドールハウス』なんだ! 動く人形の集まりなんだ! 越前先生を信じて、ここのアパートで3年間暮らそうと思ったけど、やっぱりダメだ! 今すぐ新しいアパートを――」

「なぁに言ってのぉ、隆志ぃ?」と隆志の両脚の間、隆志の腕に抱きかかえられている舞が笑った。「このお人形さんたち、きっと的場先輩宛だよ」

「え……?」

「だって的場先輩のご実家って、人形供養もやってるお寺なんだよ? ほら見て、ダンボールに『お願いします』って書かれてるし。これって、『供養をお願いします』ってことだと思うよぉ?」

「……あ…ああ、そうか、そういうことか。これはあくまでもアパートで暮らす人形じゃなくて、的場先輩のご実家の寺に供養に出された人形――って……!?」

 隆志は再び顔面蒼白する。それってつまり、『中身入り』の人形ってことじゃなかろうか。

「怖いし、それ! は、早く部屋に入ろう、舞っ……!」

「もー、臆病なんだからぁ」

「だ、だって供養に出される人形なんて、ロクなもんじゃないよきっと!」

「大丈夫だよぉ」と言った舞が隆志の手から傘を取って起き上がり、ダンボールの前にしゃがんだ。「ほら見てよ、隆志! もうチョー可愛いし綺麗ーーーっ!」

「…………」

 ごくり、と唾を飲み込んだ隆志。おずおずと再びダンボールの中を覗き込む。
 その中にいるのは、2体の人形。片方は白いドレスを、もう片方は赤いドレスを着た、60cm近くある少女人形だった。

「うわ…、デカい……」

 それらは仰向けの形で並んで寝ており、片方の手と手が指を絡めあうように重なっていた。どちらも腰の下までくる長いウェーブヘアをしていたが、白いドレスの人形はブロンドの、赤いドレスの人形は朱色の髪の毛をしている。

「人間に例えたら、中学生くらいの姉妹かなぁ? それか二卵性の双子とか」

 と、舞。とても似た雰囲気をしているそれらは、そんな風に感じた。垂れ目がちで優しい微笑を浮かべている白いドレスの方に比べ、赤いドレスの方は若干幼い感じがし、肌は色白で、よく見ると少し開いた唇から歯が見えた。

「さあ、わかんないけど…。たしかに目が…綺麗……」

 そう言いながら、隆志は2体の人形の大きな瞳をじっと見つめる。白いドレスの方は瑠璃色で、赤いドレスの方は鶯色。吸い込まれそうなほど綺麗なそれは、ガラスで出来ているようだった。

「この綺麗なお肌は何で出来てるのかなぁ?」と言いながら、舞が人形の頬を指で触る。「あ、硬い。あたしが小さい頃持ってたリ○ちゃん人形とか、ああいうソフビ製じゃないみたい」

「何かちょっと高そうだしね」

 同意し、うんと頷いた舞。少しして、人形の入ったダンボールを持って立ち上がった。

「わわっ、結構重いなぁ」

 とよろける舞に、隆志はダンボールに手を添えて支えてやりながら訊く。何だかとても嫌な予感がした。

「っていうか、どうする気コレ……!?」

「とりあえず、雨に濡れて可哀想だから隆志の部屋に入れてあげようと思って。ここにあるってことはまだ的場先輩帰って来てないみたいだし、別にいいよねぇ? あとで渡せば」

「は!? ちょ、待っ……!」

 嫌な予感が的中し狼狽する隆志であるが、舞はお構いなしに欣然とした様子で隆志の部屋――101号室に向かっていく。

「懐かしいなあ、お人形さん遊びぃ♪ 隆志ぃ、はーやくぅ!」

「…………」

 思わず閉口し、その場に立ち尽くして考える隆志。正直、供養に出されるような人形を自分の部屋に入れるなんて恐ろし過ぎる。隆志でなくとも、常人なら大半はそうのはず。だが、舞の煌く瞳に見つめられて十数秒後――

「わ…分かった……今行く……」

 結局、負けて従った隆志だった。
 
 
 
 
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