第24話 森崎先輩の少年人形 前編


 今から約4ヶ月前――2月のこと。ここ宮城県の県庁所在地である仙台市は、東北地方の割には温暖で、真冬日になることは稀であるが、この日は最高気温が氷点下3度までしか上がらないという、正しくその真冬日だった。
 粉雪が深々と降り積もる早暁、とある男子高校に通っていた国分生誠(ときわきよし)は、心を弾ませて仙台駅の新幹線ホームへと向かっていた。これから新幹線に乗り、遠く離れた土地で、とある国立大学の二次試験を受けるというのに、その眼差しには緊張や不安の色が微塵もなかった。試験に落ちる気はないし、落ちる気もしない。むしろ成績上位で合格する絶対の自信がある。時たま身を切るような寒風が吹こうが、学生服の下の痣だらけの身体が悲鳴を上げようが、何のその。彼が無二無三に追い掛けるは、己を取り巻く天地晦冥の世界に差す一筋の光――新しい生活。

(そう、ただただ……平々凡々で、平穏無事とした生活)

 それは生誠にとって、この上ない楽園だった。

(大学生になったら、まず友達を作ろう。沢山だなんて贅沢は言わない。少しだけでいいから、くだらない話をしたり、一緒に遊んだり、時には何でも相談出来るような、友達を……今度こそ)

 そんな、今まで手にしたことの無い夢を。今度こそ、必ず。
 だが――、

「っと、オレ、受験票――楽園への切符ちゃんと持って来たよなっ……?」

 と、生誠がふと足を止め、鞄からそれを取り出して、ほっと安堵の溜め息を吐いた時のことだった。

「よう、国分。楽園への、何だって?」

 前方から聞こえて来た耳慣れた不快な男の声に、はっと胸を突かれて顔を上げた生誠。

(――最悪だ)

 1人、2人…6人、8人…10人……いや、それ以上の数の見慣れた顔々。それらに瞬く間に取り囲まれ、退路を断たれたと思った刹那、顔面を強打された。

(オレの人生、最悪だ)

 手から離れ虚空を舞った、楽園への切符。生誠は咄嗟に手を伸ばしたが、続け様に飛んで来た拳に、足に邪魔をされ、それは届くことなく轍のない真っ白な車道の上に落ちた。

(ちくしょう……!)

 背後からバットで殴られ、這い蹲り、それでも楽園への切符に手を伸ばす。しかしそれは無念の涙でぼやけ、頭部に出来た傷口から流れ出た己の血で見えなくなっていく。もう少しで届こうとしていた、この天地晦冥の世界に差していた一筋の光が、音もなく消えていく。

(ちくしょう、ちくしょうっ…! 嫌いだ、人間なんか、嫌いだっ…! 大嫌いだっ……!)

 と、真っ赤な視界の中、生誠の顔が怨恨に歪んだ次の刹那のこと。頭上から「ぎゃあ」と悲鳴が聞こえたと同時に、生誠の口内に広がった人間の血と肉の味。犬歯に感じた骨を、砕かんばかりに噛み締める。

(殺してやる、殺してやる、殺してやるっ……! 人間なんか、人間なんかっ……)

 皆、殺してやる――
 
 
 
 
 現在――6月中旬過ぎ。鬼百合学園高校中間テスト終了後の、ドールハウス・Bの201号室――大輝宅のリビングダイニングの中。古新聞を片手に、大河が目頭を押さえている。

「国分生誠、享年18歳。大学入試の試験会場に向かう途中、いじめっ子による集団暴行に合い死亡……!」

「何してんのよ、大河。こんな時に古新聞なんか見て」

 と愛香に突っ込まれると、大河は「申し訳ございません」と一言詫びてから続けた。

「いえね、お嬢さま。『受験生』を見ると、今年の冬に起きたこの悲惨な事件を思い出してしまうのですよ」

「ああ……あの事件ね」と愛香は大河の手から古新聞を取って目を通すと、悲しそうに声を落とした。「この男の子、小・中・高といじめられ続けてたんだってね。きっと新しい土地で、新しい生活を夢見てただろうに……」

「ええ、きっとそれはもう……!」

 と大河が再び目頭を押さえる傍ら、愛香は当時のニュースを思い出しながら続けた。

「この子、騒ぎを聞き付けた警官が駆けつけた時、怨恨の表情でいじめっ子の一人の足首に噛み付いたまま亡くなってたのよね。泣いて苦しむいじめっ子の足首から口を離してみると、中からポロッといじめっ子の足首の肉が落ち…………って、何か絶対成仏してなさそうなんだけど。怨念半端ないっしょ、これ」

「ええ、ええ、そうでしょうとも…! 成仏出来ず、未だこの世を彷徨っているでしょうとも…! ああ、何と悲惨な話! 自分は『受験生』を見る度に思い出してしまい、悲しみで胸が張り裂けそうにな――」

「あーうん、ハイハイ。それはもう分かったから、取り敢えずね大河?」

 と、大河の言葉を遮った愛香。大河が「はい?」と返事をすると、テーブルの方を指して長嘆息した。

「その『受験生』を何とかしてって、さっきから言ってるじゃない。もーうるさくって敵わないわよ……」

「あ」

 そうだったと、大河は愛香の指した方――テーブルに顔を向けた。そこには、大輝のドールオーナー友達――鬼百合学園3年生の森崎圭の姿。中間テストが終わるなりここへやって来て、テーブルに突っ伏して慟哭している。そのあまりの激しさに、向かいに座って宥めていた大輝と虎之助はお手上げ状態で耳を塞ぎ、己のドールを迎えに来た隆志と舞は驚愕して遠巻きになっている。

「ちょ、ちょっと隆志っ…! あの人が的場先輩のドールオーナー友達っていう、森崎先輩っ? この世の終わりがやって来たみたいな声上げてて、チョー怖いんだけどっ……!」

「ち、近寄っちゃ駄目だ、舞っ…! アリス・アリサもっ…! あの人に近寄っちゃ駄目だよ、危ないからっ…! いいねっ……!?」

 一方で苦笑した大河は、圭の所へと歩いて行った。圭の隣の椅子に腰掛け、よしよしと背中を撫でながら落ち着かせようと試みる。

「大丈夫、大丈夫ですよ、森崎さん。フォルさんは、きっとお散歩に行かれただけなのです。だから、ね? 涙を拭きましょう。あなたが泣いていては、フォルさんが悲しみますよ?」

「たっ…大河くぅぅぅぅぅぅんっ……!」

 と、大河に顔を向けた圭。肩に掛かるオレンジ掛かった茶髪の毛先と、同じ長さまで伸ばした前髪を濡れた頬にべったりと貼り付け、美人とまでは行かないが充分に美少女といえる顔を別人と見間違える程に崩し、景気良く分泌した鼻水をテーブルの上まで垂らした状態で、大河を力一杯抱き締めた。

「お…おおお…折れるっ…折れるかも自分っ…! 腕とか折れるかもっ…! ね、ねえっ? も、もりもりもりっ…森崎さんっ…!? フォ、フォルさんは大丈夫ですって、大丈夫っ…大丈夫ですからぁぁぁーーーっ……!?」

 と大河は死に物狂いで逃げ出そうとしながら語り掛けるが、どうやら圭の耳には届かないらしい。大河を離さないまま、辺り近所から苦情殺到必至の大音声で、再び慟哭した。

「フォルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!! わたしのフォルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!! 早く帰って来てよぉぉぉおおおぉおおおおぉおおおおぉおおぉおおおぉおおぉおぉぉおぉぉぉおおおうっっっ!!」

「あ…ああ…もう駄目だ……。大輝さま、後はお嬢さまを宜しく…お願い……し…ま…………」

 と圭の腕の中で失神した大河を、大輝が狼狽して引っ張り出す。

「た、大河っ!? おい、大河っ!? 大丈夫かっ!? おいっ!? 幽霊って失神するのかよぉぉぉぉぉぉーーーっ!?」

 と大河をぶんぶんと振って覚醒させようとする大輝の傍ら、再びテーブルに泣き伏す圭の頭に、虎之助がやれやれと長嘆息して手を乗せた。

「ああもう、いい加減に泣き止め、森崎。やっぱり空き巣に入られたのかもしれねえから、警察に――」

「空き巣じゃないです! フォルの中に誰か入るかして、出て行っちゃったんです!」

「あのなあ、森崎。人形の中に入るだけなら兎も角、動くっていうのは相当だぞ? 相当の強い思いがなきゃ、動けねえんだぞ?」

「じゃあ、何らかの強い思いを抱えた誰かの魂が入ったんです! どうしようっ…フォルがもう戻って来なかったらっ……! わたしっ…わたしっ……!」

 と再び慟哭し始めた圭を見つめ、遠巻きになっていた隆志と舞は困惑しながら顔を見合わせた。圭をふと哀憐する。己だって、大切な人形が居なくなってしまったら血の涙を流してもおかしくないのだ。

「大丈夫ですよ、森崎先輩。フォル君のこと、あたしたちも一緒に探しますから」

 と舞が圭にハンカチを渡す一方で、隆志は大輝に声を掛けた。

「あの、的場先輩。ご実家に電話されてみたらどうですか?」

 失神した大河を振って覚醒させようとしていた大輝は、そう問うて来た隆志に「え?」と小首を傾げた。

「おれの実家に? ああ、人形供養やってる寺だから? もしかしたらフォルが誰かに持ち込まれてるかもって?」

 隆志が「はい」と頷くと、大輝は「うーん」と唸って続けた。

「それはどうかな……。森崎先輩の家って仙台市の中心部に近い所にあるんだけど、おれの実家は宮城県とはいえ山形との県境にあるんだぜ? 距離が有り過ぎるだろ」

「でも電話してみろ、大輝」と、虎之助が口を挟んだ。「もしフォルに魂が入っていて、自らのその足で出て行ったとなったら、それは相当の強い思いを持ってるってことだ。他の人形供養寺じゃ供養しようにもどうにもならなくて、優れたおまえの実家――俺の叔父さんの寺にパスしたなんて可能性もある」

 それを聞いた隆志と舞が、「へえ」と声高になって声をはもらせた。

「的場先輩のご実家って、優れた人形供養寺なんだ」

「まあ、うん…人形供養じゃ結構有名な寺なんだけど……」と答えた後、大輝はポケットから携帯電話を取り出した。「兄貴の言う通りか。今までにも何度かあったし、パスされて来たこと。親父に掛けてみるか、電話」

 そういうことになり、ふと泣き止んだ圭を含めた一同に注視される中、大輝は実家の寺の住職――父親・五右衛門(ごえもん)へと電話を掛けた。

「おお、大輝。父さんも今、おまえに電話を掛けようと思っていた所だ」

 と出たその声は、ちょうど携帯電話を手に持っていたらしく、最初の呼び出し音が鳴り切る前に聞こえて来た。ちなみに、落ち着いたなかなかの美声である。
 大輝が小首を傾げて問う。

「おれに何か用? テストなら今日終わったばかりで、まだ返って来てないけど? 土日挟むし、もうちょっと待って」

「いや、テストのことも気になるが、そのことではなくてだな。まあ、取り敢えず先に、おまえの用件を聞いてからで良い」

 と言う五右衛門の言葉に甘え、大輝は先に用件を口にした。圭の食い入るような瞳に見つめられながら問う。最近、背丈60cm強でレジンキャスト製の、少年球体関節人形は持ち込まれていないかと。でも、その答えはNOだった。

「そのような人形は最近持ち込まれていないな」

「そっか……持ち込まれてないか」

 との大輝の言葉を聞き、圭が再び慟哭しようとしたその時、五右衛門が「しかし」と続けた。

「明日、仙台のとある寺に少年人形を受け取りに向かう」

「えっ? 仙台のとある寺に少年人形をっ?」

 と大輝が声高に鸚鵡返しにすると、零れ掛けた圭の涙が止まった。

「ああ。それがおまえの探している少年人形かどうかは分からぬが……。まあ、それ故に父さんは、明日おまえに寺の留守番を頼もうと、電話をしようと思っていた所だ。なにぶん、母さんは霊感もなければ供養も出来なくてな。一人残していくのは不安なのだ」

「分かった! 緊急で供養しなきゃいけないような人形が持ち込まれたら、おれが何とかするから! 留守番、ちゃんとしてるから! だから親父は、安心してその少年人形取りに行って!」

 と、大輝は明日の朝までに実家に帰ると約束した後、五右衛門との電話を切った。
 一同の顔を見回す。圭の顔も、隆志と舞、虎之助の顔も、人形たちの雰囲気も、そしてこの大輝も、期待に胸を膨らませていた。

「明日、皆でおれの実家へ行こう! もしかしたら、親父がフォルを連れて帰ってくるかもしれない!」
 
 
 
 
 ということで翌朝――土曜日。それぞれの家ではドールたちがいそいそと準備していた。愛する主との、お出掛けの。

「やっぱりこれかしら。ご主人さまの手作りワンピース♪」

 とリビングダイニングに置いた鏡の前、欣々然とした様子で本日のドレスを選んでいるアリスを、隆志は愛しそうな瞳で見つめる。

「張り切ってるね、アリス」

「はい、ご主人さま。何だかんだで、ご主人さまとのお出掛けってことですもの。わたし、嬉しくって♪」

「そう。僕も嬉しいよ、アリスとお出掛け」

 と、少し照れ臭そうに頬を染めて笑った後、隆志は「でも」と窓の外へと顔を向けた。本日から梅雨に入ったというここ宮城県では、隆志が起床した時から既に小雨が降っていた。

「アリスはバッグに入れていくし、傘もちゃんと差すけど……白いドレスは念のために止めておいた方がいいんじゃないかな。雨染みが出来たら目立つし、泥とかも跳ねちゃうかも」

 アリスは外を見て狼狽したように「あっ」と声を上げると、白い生地で出来た隆志の手作りワンピースをきちんと折り畳んだ。その後ここへやって来た時に着ていたドレスに手を掛けるが、これもまた白い生地。よって、愛香から貰ったドレスの内の1つ――レース部分は白いが、全体的にピンクの生地が使われているものに着替え始めた。

「それ、愛香さんから貰ったドレスだよね? 愛香さんが着ないからって、くれたやつ」

「はい。とても可愛らしいドレスなのですよ」

「うーん……たしかに」

 と同意しながら、隆志はせっせと着替えるアリスの背中のファスナーを上げてやった。所謂、甘ロリワンピースであるそれを、何故あの妖艶な大人の女性の風貌をしてる愛香が持っていたのだろう、見るからに似合わないのに……っていうか罰ゲームじゃないのソレ? なんて思ったことは極秘である。ちなみにウィッグも愛香が使わないからと貰ったもので、2つに結んだキャンディカールのものを被せてやった。

「ああ、やっぱりアリスが一番可愛いなあ」

 と隆志がにこついた時、インターホンが鳴った。舞か大輝が迎えに来たのだろうと察した隆志は、急いでボストンバッグの中に入ったアリスを肩からぶら下げてから、玄関へと向かって行った。ドアを開けるとそこには、大輝ではなく舞の方が立っていた。隆志と同様に肩から掛けているボストンバッグからは、アリサが半身を見せている。舞の手作りドレスを着ているようだった。

「あれ、アリスも隆志の手作りワンピ着てくると思ったんだけど、違うんだ?」

 と、さも意外そうに問うた舞に、隆志が頷いて答える。

「うん。僕の作ったワンピースは白いからね」

「ああ、成程。雨の日は避けたいよね、白いドレスって。ピンクのドレスも可愛いよ、アリス♪」

 と舞がアリスの頭を撫でるや否や、真上から――201号室からドアの開閉される音が聞こえて来た。その後聞こえて来た靴音――大輝のもの――は、あまり軽快には階段を下りて来なかった。それは、当然といえば当然のこと。アリスやアリサでも結構ずっしりと重いのに、もっと大きく重たい人形を大輝は2体もバッグに入れているのだから。しかも、本日の愛香の衣装は高価そうな生地がふんだんに使われており、結構な重量が有りそうだった。
 舞が声高になって問う。

「わあ、愛香さん綺麗ーっ! 一見和服かなって思ったけど……よく見ると違う? 天女さまが似たようなの着てたような?」

「漢服よ。和服もいいけど、これも優雅で綺麗でしょ? まあ、裾が長くってしょっちゅう躓くんだけどね」

「よって自分は、これを」

 とバッグの中、愛香の背後から半身を出し、いつも通り燕尾服を着た大河が見せたのは、人形たちの背丈に丁度良い大きさだろう、小さな剣だった。何でそんなものが必要なのかと、隆志と舞が小首を傾げていると、大河が続けた。

「魂入り人形が持ち込まれる大輝さまのご実家というのは、なかなか危険なものなのです。以前、お嬢さまが邪悪な魂を持つ人形に襲い掛かられましてね。あの時は、お嬢さまの凄まじい蹴りの一撃でノックアウトさせましたが……」

 との大河の言葉に、以前、鼻に愛香の蹴りを食らったことのある隆志は「う゛っ……」と顔面蒼白した。あの時の激痛を思い出して、思わず鼻を押さえる。

「本日のお嬢さまの衣装ではそうもいかないので、自分が皆さんをお守り致します。この剣に刃は付いていませんが、金属で出来ているので硬く、身を守ることくらいは出来ますから」

 と大河は続けた後、ポケットからその手に合わせた小さな懐中時計を取り出した。それで時刻を確認し、「さて」と一同の顔を見回す。

「そろそろ参りましょう、皆さん。森崎さんとは、仙台駅で待ち合わせしているそうです」

「あ、待って」と、舞が問う。「越前先生は来ないの?」

「うん、兄貴は来ないって。今までおれたちのテスト勉強の相手をしてた故に、放っておいた胡蝶が機嫌悪いから無理だってさ」

 と大輝が言うと、「え?」と小首を傾げた舞。

「それなら、胡蝶お姉ちゃんも――」

 胡蝶も連れて来れば問題ないのではないか、と言おうとして、ふと言葉を切った。そうだ、虎之助は隆志に気を遣って来ないのだ。胡蝶に怯える、隆志に。その隆志もそれを察したのか、申し訳なさそうに俯いた。

「…あ、えと……、そっか的場先輩。んじゃ、あたしたちだけで行こっか!」

 と舞は言い掛けた言葉を誤魔化すと、隆志の手を引っ張って歩き出した。

 電車に乗って仙台駅まで向かい、そこで圭と落ち合ってから、別の電車に乗って大輝の実家の最寄の駅まで向かっていく。その後バスに揺られてやっと到着したそこは、自然豊かな森の中にあり、そんなに大きくはないが、風情のある立派な寺だった。
 境内に入り、真っ直ぐに本堂へと向かうと、そこでは袈裟を身に纏った五右衛門が待っていた。凛として精悍なその顔立ちは、息子の大輝よりも、甥に当たる虎之助に近いように思えてしまう。

「ちょ、ちょっと隆志っ…! 的場先輩のパパなのにカッコイイんだけどっ……!?」

「う、うん、舞っ…! 的場先輩のお父さんなのに、何でなんだろうっ……!?」

 と忍び声で話す隆志と舞であるが、すぐ傍にいた故に丸聞こえで、堪らず顔の筋肉を引き攣らせた大輝。こほんと咳払いをして2人を黙らせた後、五右衛門にすぐさま目的地へ行くよう催促した。

「では、頼んだぞ大輝」

「うん、なるべく早く帰って来て。おれたちが探してる人形かもしれないから」

「ああ、分かっている。ちなみに母さんは大切な用で留守にしているから、ご友人にはおまえがお茶を出しなさい。茶菓子も用意してある」

「え、大切な用って……母さんどこに行ったの?」

「エステだそうだ」

「あっそう……」

 それから、約3時間後のことだった。五右衛門が、少年人形を――フォルを――国分生誠の魂を、鎖で雁字搦めにしたトランクの中に入れて帰宅したのは――
 
 
 
 
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