第1話 幼馴染


 これから、多少なりとも嫌々暮らさなければならない『ドールハウス』と呼ばれるそのアパートの駐車場に辿り着いた隆志。目の前にあるそのアパートを見つめ、「あれ?」と首を傾げた。母・隆子に渡されたメモに書いてある住所を再度確認する。

「僕、アパート間違えた?」

 と思ったのだが、住所はやはり合っているようだ。アパートの特徴も隆子のメモの通り、赤いレンガの壁で2階建て、向かいには同じアパートがもう1つ。

「うん、間違えてないよな。……ってことは、え? それじゃー、本当にここが僕の住むアパートっ?」

 と隆志は意外なことに驚いてしまう。だって『いわく付き』なんて言われたものだから、もっと禍々しい雰囲気の漂うアパートを想像していたのだが全くそんなことはなく、その上まだまだ新しく綺麗だった。しかも自分の部屋――101号室に入ってみると、良くてもせいぜい六畳一間かと思っていた間取りは、なんと2LDKもある。おまけに現代らしくオール電化だ。

「うわぁ」と、隆志はそこそこ広いリビングダイニングを見回し、声を高くした。「これから3年間通う鬼百合学園高校まで徒歩3分だし、たしかにこれはいい物件」

 といっても、あくまでも『いわく付き』じゃなければ、だが。
 恐る恐る天井を見上げ、隆志は耳をすませてみる。

「…………と、とりあえず何も聞こえてこないな。良かった」

 と安堵の溜め息を吐いた後、隆志は再び隆子に渡されたメモに目を落とした。一番上に書かれているのは住所で、その下にこのアパートの特徴など。その下を見ると、こう書かれていた。

 AM8:00、引っ越し屋さんとお手伝いさん♪

「えーと、現在は7時50分だから、あと10分くらいで荷物が届くってことか。それから、お手伝いさんって……?」

 と隆志が首を傾げたとき、インターホンが鳴った。続いて、コンコンコン、と玄関のドアをノックする音。荷物が届いたのだろうと玄関に駆けていこうとした隆志は、リビングダイニングのドアの近くにカメラ付きインターホンがあることに気づいてそれに注目した。そしてカメラ越しに見える人物を見て、「えっ!?」と声を上げて目を丸くした。別に、その人物が思わずドキッとするような黒髪の美少女だったからというわけではない。
 それが、

「――舞っ!?」

 3年前、親の転勤で遠くに引っ越してしまった、実家の隣の家に住んでいた同い年の幼馴染の女の子――国生舞だったからだ。隆志はリビングダイニングから飛び出し、廊下を駆けて2つの部屋とトイレ、バスルームの前を通り越し、玄関のドアを急いで開ける。
 するとそこには、3年前と変わらずとても愛らしい、でも少し大人びた笑顔があった。

「たーかしっ! 久しぶり、元気だったぁ?」

 と上げた舞の片手には、買い物袋がぶら下がっている。

「うん、元気。舞も元気そうで良かった……っていうか、どうしてここにいるんだよっ?」

「あれ? 隆子おばさんから何も聞いてないの?」

「今日これから『お手伝いさん』が来るとしか……」

 と隆志が隆子に渡されたメモを見せると、舞は、

「隆子おばさん、相変わらずだねぇ。きっとそれ、あたしの名前書き忘れたんだよ」

 と苦笑したあと、「お邪魔します」と言って隆志の部屋の中へと上がった。2つの部屋とトイレ、バスルームを覗き見してからリビングダイニングに入り、見回しながら声を高くする。

「凄いいいとこーっ! いいなぁ、あたしも一緒にここに住みたいー」

「そ、それはまずいよ、それは……」

 と隆志は改めて舞を見ながら、少し頬を染める。美少女なのは昔からだが、ショートカットだった黒髪は肩まで伸びているし、ふと胸元を見ると3年前より明らかに膨らんでいるし、形の良い唇にはほんのりと色付いているしで、ちょっと見ない間に女っぽくなった。ミニスカートから覗く脚も3年前は棒のようだったのに、少し色っぽくなっていて凝視出来ない。

「冗談だって。そんな危険なことするわけないじゃん、バッカじゃないの? あたし、襲われるならイケメンがいいしぃ♪」

 とまあ、小生意気でさりげなく毒舌なところは相変わらずで、今度は苦笑してしまう隆志だが。
 舞が「それでね」と話を戻す。

「あたしのパパ、またこっち――宮城県に転勤になって。一昨日、家族でこの近くに引っ越してきたんだぁ。前住んでた隆志の実家の隣の家はもう売っちゃったから、空いてる一軒家を適当に探して」

 そういうことだったのかと、うんうんと首を縦に振った隆志。舞の新しい家の近くにこの場所があったが故に、引っ越しの『お手伝いさん』として来てくれたのだと察した。

「ってわけで、これからまたよろしくね隆志? 高校も一緒のことだし♪」

「ああ、うん、またよろしく……って、舞も鬼百合学園高校に通うのかっ?」

「うん、だって新しい家の近くにあるから」と言ったあと舞が、そういえば、と訊く。「隆志、何で鬼百合学園にしたの? あたし、隆志はてっきり実家から徒歩一分の公立高校に通うものだとばかり思ってた」

 隆志は苦笑する。好きでこんな実家から徒歩とバスと電車で3時間も掛かる高校に通うことになったのではない。

「落ちたんだよ、実家から徒歩一分の公立高校に…。で、滑り止めとして受けてた私立鬼百合学園高校に通うことになったんだ……」

「ああ、そういうこと! あそこの高校って偏差値高いもんねぇ。でも隆志なら大丈夫だと思ってたけど、運がなかったんだねぇ。ドンマイ」

「う、うん。…で、僕はこれから3年間一人暮らしだよ。鬼百合学園って寮ないしね……」

「いいじゃん、寮より。だって、寮って色々厳しいだろうし」

「うん。僕も一人暮らしには憧れてたし、不安もあるけど楽しみにしてたんだ……昨日、引っ越し屋に荷物を渡し終わるまで」

「昨日、引っ越し屋に荷物を渡し終わるまで?」

 と舞が鸚鵡返しに訊くと、隆志は天井をちらりと見て続けた。

「じ、実はさ、舞……」

「うん?」

「ここの部屋って――」

 と隆志の言葉を遮るように、再びインターホンが鳴った。舞が「あっ」と声を上げて玄関へと駆けていく。

「引っ越し屋さん来た! はぁーい、今出ますぅーっ」

 どうやら話の続きは引っ越し屋が帰ってからだと判断した隆志。もう一度天井をちらりと見たあと、舞に続いて玄関へと向かって行った。

(どうか上の人が、普通の人でありますように……)
 
 
 
 
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